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help RSS 戦争を巡る価値観と原始的な脳・理性的な脳2:集団と自己を区別できる“個人”の特殊性と経済発展

<<   作成日時 : 2009/11/26 05:36   >>

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ポール・マクリーンの脳の三層構造論で陥りやすい誤謬として、“脳の構造の複雑化”“種の優越性の証明”とする進歩主義があると以前に指摘したことがあるが、『戦争・紛争・テロの頻発する地域』に生まれた人々は、大脳辺縁系の情動判断が優位だから(進化論的な退行に陥っているから)兵士になったりテロを起こすのではなく、合理的な思考や人道的な判断を行っても、その土地の環境に適応できないと推測しているから軍事活動にコミットしてしまうということである。

その国や地域に住む人たちが幼少期から大脳皮質・大脳辺縁系にインプットし続けてきた『環境・情報・知識・人間関係』に基づけば、“対話・交渉・宥和”よりも“戦争・テロ・拒絶”のほうがより環境適応的に見えてしまうのであり、そもそも“現実的な貧しさ・餓え・直近の恨み(攻撃された記憶)”によって、政治や社会の中心的価値観にコミットするしか選択肢がないのである。

戦争が好きとか嫌いとか、政府・部族の政治決定(個人への強制)に従うとか反論するとかいう以前の問題として、軍事独裁政権や部族社会(前近代的なゲマインシャフト)では『個人の思想・言論の自由』だとか『論理的な議論の尊重』だとかいう前提が存在しない。人命を尊重したり和平を推進したり資源を適正配分するような先進国の人から見て『正しいように思える価値判断・考え方』であっても、統制主義的な個人の自由を許さない政権や部族にあっては、直接的に自分や家族が排除されたり処分されたりする大きなリスクを孕んでいるのである。

戦争・テロを肯定する国や集団の中で、大脳新皮質を機能させて人道的・合理的な判断を下せる個人が仮にいたとしても、その内容をみんなの前で話したりそう考えるように勧めたりすることができないような『社会構造・統制権力・同調圧力・排除の論理(村八分の論理)』が揺るぎ難いものとして確立している。

みんなが同時的に武器を捨てて軍隊を解散すれば、論理的には集団が武力衝突する戦争・紛争は無くなるはずだが、『戦争・軍隊・軍需産業に雇用や生活、民衆統治を依存している国(民族・地域)』がある限り、そういう理想論では片付かない。戦争の危機を煽ったり仮想敵国(想定する敵対勢力)の脅威を刷り込んだり、軍国主義の優越性を喧伝したりすることによって支えられている『権威主義的な支配構造』の問題もあり、先進国の側から内政干渉的にこういった教育・メディア・監視を通した支配構造を解体することは、『国家主権の不可侵性』がある以上は困難と言わざるを得ない。

産業経済(国の生産力)が発達して、大多数の人が会社員(サラリーマン)として生計を立てられるようになった先進国・新興国では、軍隊に従軍して戦いたいという人の比率は減り続けていることから、経済的な富と非軍事の雇用の増大が戦争を減少させる最良のポイントになる。

戦前の日本では国家や天皇のために生命をも投げ出す不屈の忠誠心が賛美され、私的欲求を捨て去る『滅私奉公』が道徳規範の中心に置かれたが、戦後日本は産業経済が発達して雇用が増え社会が豊かになり、戦争をしなくても生活水準が向上したことで、大多数の人は自分の生命を捨てて集団・理念に忠誠を尽くすという価値観にコミットしなくなった。

戦前と戦後ではGHQの体制解体の指導もあって学校教育やメディアが180度変化したということもあるが、より根本的な要因は『資本主義経済の発展』によって、国民の生活水準が向上し『国家・共同体から距離を取れる個人(集団と自己を区別する個人)』が増えたということである。

他人や社会に関心の乏しい合理的な利己主義者(エゴイスト)が増えたとも言えるが、このことは社会的な連帯・協力を低下させて個人を孤立させる悪い側面と、集団主義的な統制に服さずに個人としての価値観や判断を優先させられるという“戦争を起こしにくい側面”とがある。

他人のプライベートに必要以上に干渉しない個人主義者が集積しているような先進国では、現実的に戦争や軍事にすべての国民を強制的にコミットさせる仕組みを作ることが難しいし、無理やりに何かをやらせるという国家(政府)の強制権力や物理的暴力の発動がしにくいように二重三重に法律の網が掛けられている。

憲法9条の平和主義(戦争放棄)の理念は、日本国憲法が掲げる『個人の尊厳』によって国家が国民に強制する形式の戦争権(使役権)を制約していると解釈することもできるが、ロックやルソー、モンテスキューの『近代啓蒙思想(社会契約・人権+個人主義・自由主義)』をベースにした日本国憲法では、『帰属集団と自己を区別できる個人』として国民が定義されている。

現代の先進国で生きる私たちは『個人としての自己』を簡単に意識することができるし、『集団社会と区別された自己・自我』として自由に自分の考えや感情を表現することができるが(立場によって表明しにくい意見もあることにはあるが)、世界史的に見てこういった近代的自我・個人が萌芽したのは15〜17世紀の西欧という数百年前に過ぎない。

15〜17世紀のヨーロッパ世界で、『個人としての自己』を慎ましく発見できたのは一部の知識人・芸術家・王侯貴族といった特殊な人たちであり、一般庶民は更に数百年の長きにわたって『集団の一部としての自己(生まれながらに身分相応の役割と義務を課せられた自由のない存在)』として生きるほかに選択肢はなかったのである。

一般の民衆が近代的自我を形成して『個人としての人生(集団論理と自己の論理の区別)』を意識することができたのは、日本では一部の先進的な知識人や支配者層を除けば、アジア・太平洋戦争が終結してから後のことであり、まだ『個人としての国民』から構成される国としての歴史は数十年に過ぎない。

個人主義・自由主義によって運営される欧米先進国も確かに、さまざまな理由や必要、利害関係から戦争をすることがないわけではないし、間接的に途上国の紛争継続を支援する軍需産業なども存在しているが、少なくとも先進国の国民の大多数が侵略戦争に熱狂したり、武器輸出を促進したりしようとすることは考えにくい状況になっている。

『一部の人の欲望・命令』によって戦争が引き起こされているわけではないが、現代の戦争は結果として一部の人たちの利益にしかならない戦争・紛争が繰り返されているように見えるし、『階層的な支配構造・統制的な情報環境』が確立した国・集団では、一般の国民は“自分自身の意志”とは無関係に戦争機械のシステム(役割遂行の義務・威圧)に取り込まれてしまうのである。

戦争の問題は『脳構造・遺伝形質の個人要因』によって起こるというよりも、『貧困を軸とする社会構造・不信や憎悪を植え付ける教育環境・経済発展のレベル(国民の生活水準)』によって起こると考えられる。集団論理と自分の行動基準を区別できる“個人”と個人の自己主張を許す“社会環境(人間関係)”が増えてきた時に、その国(民族)から戦争や紛争に参加する国民の数が減ってきたと推測できるのではないだろうか。










■関連URI
戦争を巡る価値観と原始的な脳・理性的な脳1:大脳辺縁系の情動判断と大脳新皮質の学習の影響

脳の解剖学的構造と生理学的機能:脳と心の相関関係

脳が認知できない『見せ掛けの現実』と『物理的な現実』の差異:認知的トリックの世界を生きる人間

“歴史の終焉・共同体の衰退”を予感させる近代社会の閉塞感と自由の原理を使いこなす難しさ

戦争と平和・集団と個人・適正なコンプライアンスレベル

■書籍紹介

戦争倫理学 (ちくま新書)
筑摩書房
加藤 尚武

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