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help RSS 佐藤賢一『小説フランス革命U バスティーユの陥落』の書評2:人権宣言と憲法制定で紛糾する議会

<<   作成日時 : 2009/05/30 14:53   >>

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武装蜂起の英雄に瞬時に担ぎ上げられたカミーユ・デムーランは、パリ市民に対して『武器をとれ』と呼びかけたものの、実際には正規の軍隊に敵対して戦えるような小銃・火器などの武器はほとんど無かった。『武装』といっても実際には、家庭にある包丁やナイフ、農具などを持ってきているだけだったり、軍隊に投げつけるために拾った瓦礫(石つぶて)を集めているだけであった。こんな貧弱な武器で本当に、『銃器・刀剣・騎馬・大砲』で重武装して訓練された国王の軍隊・傭兵と戦って勝利することなどできるのだろうかという不安を抱きつつ、これだけの膨大な『数の力』を集積させて暴動を起こせば意外に何とかなるかもしれないという微かな希望も芽生えていた。

詰まるところ、民衆(市民)と軍隊(国軍)との力の差は『強力な武器(火力)の所有の有無』にある。アメリカの合衆国憲法は、抵抗権(革命権)行使のために『市民の武装権』を認めているが、これは国家権力が国民(市民)を弾圧しようとする危機的事態において、集積した国民が国家の軍隊と対等に戦えるようにするといった意味合いがある。フランス革命の武装蜂起(市民の暴動)でも、『武器を持つ国軍』と『武器を持たない市民』との圧倒的な力の差があったが、人はよほど窮迫してギリギリのラインにまで追い詰められないと『武装した軍隊』に抵抗するような気力・覚悟を持つことは通常できない。

騒擾鎮圧のために出されたドイツ傭兵と衝突したパリ市民は、築山(つきやま)に身を隠して『原始の武器(石つぶて)』で『文明の武器(拳銃・銃器)』に対抗するが、連続的な銃撃に劣勢に追い込まれかなりの死傷者を出してしまう。思い思いのちゃちな武器で武装蜂起して威勢を上げていたパリ市民は、改めて『武器の無い者の無力さ・軍隊の戦いの強さ』を思い知らされ、心の底から『武器が欲しい・武器さえあれば』という思いを募らせる。

国家(君主)と国民が真正面から武力対立した不幸な歴史を持たない日本では『革命権・武装権の必要性』を実感することも無かったが、近世のフランスでは国軍を敵に回したパリ市民が『武器が無ければ弾圧される・武装しなければ国王や貴族に市民が支配される政治が続く』という恐怖感と屈辱感を味わったのである。本書の戦闘場面の読みどころは、『ドイツ傭兵との戦闘』『バスティーユ監獄での戦闘』の二つがあるが、絶対王政期の『圧政の象徴』であったバスティーユが陥落するまでのリアルな戦いと交渉は圧巻である。


「勝った。勝った。俺たちは勝ったんだ」

言葉通りにバスティーユは占拠された。地下室に乗り込んで、火薬の箱を持ち出した者がいる。牢獄に踏み込んで、囚人を勝手に解放した者がいる。あるいは銃を取り上げて、スイス傭兵に殴る蹴るの私刑を加える一群もある。そうした混沌の渦に術なく巻きこまれながら、デムーランはといえば頭の中が白くなって、なにがなにやらわからなくなっていた。勝ったのか。この僕は勝ったのか。これでリュシルと結婚できるというのか。

「ああ、殺せ、殺せ、こんちくしょうめ」

狂喜する群集はパリ市政庁めざして行進を始めた。バスティーユ総督ローネイはユランの必死の働きで、いったんは身柄を確保されたようだった。が、同じ道を連行されている間に群集に奪われて、そのまま息の根を止められた。

到着した先のグレーヴ広場でも、パリ商人頭フレッセルが裏切り者と罵られて、頭に銃弾を撃ちこまれていた。死体は二人ながら首が胴体から切り離されて、槍の穂先に刺された。

血腥い旗印を掲げながら、パリが勝鬨を上げたのは、サンテールの懐中時計によれば午後の五時半だった。どんよりした曇り空が、ぽつぽつと雨を落とし始めていた。

佐藤賢一『バスティーユの陥落』のP164より引用


砲台を構えた鉄壁の要塞としてパリ市内を睥睨するバスティーユ監獄が陥落したことの象徴的意味は大きく、パリ市民の武装蜂起が『単なる暴動』から『政治的な革命』へと転換する契機となった。ひとりひとりの市民はフランス革命などといった大それた意図や理想は掲げていなかったが、フランス王政の『圧政の象徴』と見られていたバスティーユを一般市民の暴動が陥落させたことによって、憲法制定国民議会が1789年7月14日のバスティーユ陥落を『市民の政治的・革命的な意思表明及び民主主義の勝利の記念日』として利用する可能性を生み出したのであった。

内部の利害対立が多い『第三身分(ブルジョワと貧困層を含む一般市民)』が一致団結して暴動を起こせたというのは奇跡に近かったが、7月14日のバスティーユ陥落を単なる市民の暴動として終わらせないためには、パリ市内の治安回復とフランス憲法の制定が急務であった。フランスの絶対権力を『国王』から『法・人権』へと静かに移行させて、フランス王の政治的実権を奪うことが、フランス革命の終着点と見られていたが、バスティーユ陥落後の憲法制定議会においてミラボー伯爵とロベスピエールなど急進派との思想・意見の対立が目立ってくるのである。

特に、『人権宣言』『憲法』よりも早く採択して、人間が生来的に所有する普遍的な人権(自由・平等の権利)を明確に確認すべきだというロベスピエールの意見に、ミラボー伯爵は反対の意見を述べ、『憲法・法律が人権宣言に制約されるような事態があってはならない』という思想を表明する。リアリストとしてフランス再建を目指すミラボー伯爵は、急進的な政治改革に対して慎重であり、貴族階級を廃止して領主権全般を一挙に剥奪する『封建制廃止法案』に対しても性急過ぎるのではないか(革命の脅威を喧伝して外国の君主と結託するフランス貴族の反撃を招くのではないか)という危惧を持っていた。数百年の期間にわたって守られていた貴族階級の既得権益(領主権)を、一気に廃止しようとする急進派の動きに対する頑強な抵抗と悪意の高まりを懸念していたのである。

1789年8月26日、ロベスピエールが新生フランスが打ち立てた人類の金字塔と自負する『人権宣言(人間と市民の権利に関する宣言)』が採択され、封建主義的な身分制度・領主権の廃絶と人間が生まれながらに持つ自由・平等の権利が高らかに宣言されることになる。絶対王政の君主権力と封建領主の人民支配に基づく『アンシャン・レジーム(旧体制)』は、形式的にはこの時点で瓦解することになるが、ミラボー伯爵は立憲君主制におけるフランス国王の最後の権力として『議会の議決に対する拒否権』だけは残すべきだと主張する。


「いや、やはり王の拒否権は絶対であるべきです」
ミラボーは譲らなかった。でなければ、議会が強くなりすぎる。王が議会を監視し、また牽制する権能を持たなければ、それが独断専行を始めたときに、もう誰にも止められなくなる。

「いってみれば、王の拒否権はフランスという国家の安全弁なのです」
「なにが安全弁だ」
「逆だ。逆だ。監視されるべきは、むしろ王の横暴のほうだろう」
「王が独断専行に走れば、そのときは、ぜんたい誰が止めるというんだ」
野次が相次いでいた。

「王を止める必要はありますまい」
ミラボーは、また自分をも止めようとしなかった。暴論のようにも響いたが、そう断じた刹那の迫力に呑まれて、しばらくは誰も声が出なかった。取り戻された静けさに、淡々と理屈が投じられていった。というより、そもそもが止めるも、止めないもありますまい。

「なんとなれば、王は御自身からは、なにも始めることがない。ええ、革命はなったのです。もはや、状況が一変しているのです。新しい法律を作るのは、これからは議会だけだ。それを王は自らの内閣、自らの官僚、自らの軍隊を通じて、淡々と執行するだけだ。あるいは自ら発議を行うにしても、その法案は議会を通過しないでは法律になりえません。法が君臨する今にして、王には独断専行のしようがないのです」

ミラボーは続けた。危険なのは王ではない。議会のほうなのだと自覚しようではありませんか。なんとなれば、また議会も多くの人間が寄り集まる集団なのです。ときに責任の所在が曖昧になってしまいます。ときに付和雷同に流れる嫌いも否めません。知らず過激に走る場合もないではないのです。

「にもかかわらず、自らが法を作り、それを拒否される心配もない、換言すれば、なにも怖いものがないとなってしまった日には、議員自身が増長しないとも限りません。そうなったら、自らの保身に有利な法律ばかりを通過させて、実質的な特権を築き上げて、あれだけ貴族を責めながら、自らが新たな貴族と化すだけだ」

「ええ、貴族になどなりません。議員は世襲ではないのです。選挙で選ばれているのです」
「けれど、ロベスピエール君、当選がみこめるのは、金持ちブルジョワだけだろう」

こたびの選挙は、さておくとして、改選を繰り返すほど、事実上の世襲になるような気がするぞ。そうミラボーが続けると、再び野次の嵐が起きた。

「ブルジョワが議員になって、なにが悪い」
「我らを金で議席を買った輩と愚弄するつもりなのか」
「裕福であることは罪ではあるまい。それどころか、我らは徒な放蕩に淫しようとは思わない。それどころか書物を読み、教養を高めている。国を導こうとする熱意において、日々良識を鍛えている。そのブルジョワの、全体なにが悪いというのですか」

佐藤賢一『バスティーユの陥落』のP210-P213より引用


『議会の独断専行の危険性(議会の暴走を抑止できない市民と選挙制の未熟)・民主主義の衆愚化への懸念・ブルジョア議員の貴族化と世襲化』を語るミラボー伯爵の演説はなかなか読み応えがあり、これは現代の先進国の民主主義政治にも共通する問題点を内包するものである。そして、『フランス国王の処遇・役割を巡る議会の対立』は次第に先鋭の度合いを増していき、バスティーユ陥落に続くフランス革命の第二波となる熱狂の高まりがもう一度フランスの政界中枢を襲うことになる。

そして、フランス国王の権威と役割を残した『穏健な安定した立憲王政』を理想とする革命の獅子・ミラボー伯爵の元に、王政秩序を乱すフランス革命の伝播を懸念するオーストリア王室の大使が訪れるのである。『王室への敬意』『議会政治・民主主義の熱狂』との確執が強まる18世紀末のフランスにおいて、王政と共和政の政治体制を巡る激しい政治闘争の時節が迫っており、フランスは再び『革命の流血』と『体制構築の理念の対立』に揺さぶられることになる。






■関連URI
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■書籍紹介

バスティーユの陥落 (小説フランス革命 2)
集英社
佐藤 賢一

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