|
古典的な神経症(neurosis)とは『不安症状・恐怖症状・強迫観念・ヒステリー(心因性の心身症状)・心気症(病気発症の非現実的な不安)』の総称ですが、フランスの精神科医ピエール・ジャネ(1859-1947)は内因・性格要因を重視した『精神衰弱』という概念で神経症症状を理解しました。 精神衰弱とは、対象が特定されない“不安感”が強くて自分の判断や行動の正しさに“自信(確信)”が持てないために『社会環境・人間関係の適応力』が著しく低下している状態のことです。精神衰弱では『常識的に考えて悩む必要性が乏しい問題・悩み続けても仕方がない種類の問題』について悩む心理状態を抜け出せないということが起こってきますが、そういった非現実的な馬鹿馬鹿しい考え(強迫観念)やイメージに取り付かれる精神疾患が強迫性障害(強迫神経症)です。 精神衰弱では現実適応的な精神機能が衰弱しますが、それは健常者が心配しないような問題や気に掛けない事柄に対して『過剰な精神力・思考力』を費やした結果としての“衰弱”と言えます。『将来に対する漠然とした不安・考えたくないのに考えてしまう強迫観念』などに過剰に意識が囚われることによって、現実的な問題や生活への適応に割ける精神的リソースが無くなってしまうわけですから、精神衰弱を回復するためには『自分にとっての現実適応的な事象(必要なもの)』と『自分にとっての内面的なこだわり(必要とまではいえないもの)』を区別する認知の修正が求められてきます。 自分にとって現実的ではない悩みや優先度の低い課題に『過剰な精神的リソース』を浪費しない生活態度や認知傾向を身に付けることによって、『精神の休養』を取ることができ衰弱状態が回復しやすくなります。かつての強迫神経症や不安神経症に代表された精神衰弱の本質は『自己不確実感に基づく完全主義欲求』にありますが、『完璧に一切のリスクやミスを事前に無くしておきたいという確認・保証の欲求』に囚われ過ぎると精神衰弱の状態に陥りやすい認知傾向の素地ができます。 人間の判断や行動に『絶対確実の保証(すべてのミスや危険を事前に排除できる確認方法)』というのはありませんが、健康な精神状態にある時には『何度かの確認・思考によるある程度の保証』によって現実的な行動の選択に移していくことができるので、特別な環境不適応(適応障害)や心理的な苦悩は生じてこないのです。 テストの解答用紙にケアレスミスや間違いがないか2〜3回確認するというのは強迫観念とは言えませんが、数十回確認してもミスをしているのではないかという不安感が和らがなかったり、僅かな文字の形のズレなど“些細な部分”が異常に気になって不確実感を感じるというのであれば、強迫的な確認行為の傾向が出ていると言えるでしょう。手の汚れや細菌・ウイルスの感染などが異常に気になって、何かにちょっと触れる度に手を念入りに洗わなければ気が済まない、他人が触れたものは何でも汚いという『不潔恐怖(洗浄強迫)』も強迫行為の代表的なものですが、不潔恐怖は細菌感染のリスクと生理的嫌悪感を無くすことで『生命の危険(病気のリスク)』をゼロにしたいとする完全主義欲求の現れでもあります。 強迫性障害(強迫神経症)には『確認行為・不潔恐怖(洗浄強迫)・儀式行為(ジンクスへの固執)』など色々な症状がありますが、その症状を引き起こす心理的・認知的な動因は『行為の結果や周囲の環境を確実にコントロールして不安を緩和したい・反復的な強迫行為によって状況をコントロールできる』という生存欲求に根ざした秩序志向性であると解釈できます。この状況や未来のコントロール願望というのは、自分自身で内面的なルールを形成して、そのルールに従う内的秩序を守ることで、将来の不安やミスの可能性が減るという『魔術的な思考・呪術的な認識』に分類されるものです。 こういった『人間の思考』で『世界の因果関係』に直接影響を与えることができるという魔術的な思考が、社会(一定以上の数の人)で共有されるようになると『縁起・厄除け・ジンクス・まじない・慣習・宗教』といったものに格上げされることがありますが、個人単位で魔術的な思考を信じて強迫観念や強迫行動を繰り返すようになると強迫性障害の不利益(社会適応・対人関係の困難)が大きくなってきます。 S.フロイトは強烈な感情・願望の抑圧を『神経症の原因』と推論しましたが、精神分析では強迫神経症の不潔恐怖(洗浄強迫)を、性道徳に違背する不倫行為などの罪悪感や良心の呵責が『身体的な潔癖性・表面的な清潔感』に転換されたものと解釈しました。精神分析の初期には、全ての神経症を『抑圧・転移』の自我防衛機制の過剰によって説明しようとしたのですが、『抑圧』の防衛の強さが不完全で『抑圧したはずの心的内容(情動・記憶・性的欲求)』が意識に流れ込んできた時に、強迫神経症や不安神経症の問題が『内的葛藤(二つ以上の欲求の対立)』と共に現れると考えました。その後は、エディプス・コンプレックスや幼児性欲(リビドー発達論)、早期トラウマの理論、自我構造論(エス・自我・超自我の局所論)などによって、精神分析の病理学はより複雑な体系化が施され、発達早期の家族関係や自我の適応機能を重視するものへと変化していきます。 性行為や性的身体を“不潔・心の穢れのイメージ”と結びつけることが殆ど無くなった現代社会では、『性的欲求に絡む罪悪感や自己嫌悪の抑圧』がそのまま強迫性の精神症状に転換するケースは減っていると思いますが、『不快な情動・記憶の抑圧(過去のトラウマ記憶の回避欲求)』と『反復的な強迫行為(ストレスや不安を一時的に解消できる強迫行為)』とが結びつくケースは今でも少なからずあります。 罪悪感や自責感、自己不確実感が前面に出てくる強迫症状では、『軽度の関連妄想・被害妄想』へと遷延することがありますが、現実検討能力と病識(自分の病気・精神状態の自覚)が保たれていて関連妄想の原因となった『挫折・失敗・非道徳的な行為』などの記憶が明確である点が統合失調症の妄想症状とは異なります。関連妄想・被害妄想の症状の本質は『自分の外部(他者・状況)に、自分を苦しめる悪意や謀略がある』と誤認することにありますが、他罰傾向や強い猜疑心、過度の被害者意識が見られる妄想症状には『投影・否認・陰性転移』の防衛機制が過剰に機能していることが多くあります。 強迫性障害を含む精神衰弱の病前性格としては『神経質・刺激過敏性・劣等感・内向性(内省的)・自信の欠如』などがありますが、この病前性格に『挫折や屈辱の体験・トラウマ体験』が加わったり『劣等感(自信欠如)と優越感(仮想的有能感)の葛藤』が加わったりすることで、強迫観念や不安感の基盤となる“内的なこだわり・自己の不確実感(現実的な問題への関心低下)”が形成されやすくなります。 神経質な自己不確実感のある精神衰弱(不安障害)の問題を改善していくために有効な方法として、自分が不安を感じる状況や苦手意識(劣等感)を感じる対象に対して段階的に向き合っていく『曝露療法(行動療法の一種)』があります。現実状況に直面できないほどに不安感・恐怖感が強い場合には、『適応的認知を作り上げる認知療法』や『イメージ療法による不安状況への曝露』を適切に組み合わせて行っていくことになりますが、自分の内面で『重要な課題(現実的な事象)』と『重要ではない課題(観念的な事象)』を区別していく意識的な注意の向け方、自分を苦しめるノイズ情報の切り捨てがポイントになると思います。 ■関連URI ジョゼフ・バビンスキーの自己暗示による神経症論(ヒステリー麻痺形成)とバビンスキー反射 カウンセリングにおける対話の焦点づけと『自分にとっての意味の洞察』:認知・行動の変容と問題解決 家庭環境(親子関係)が性格形成に与える影響と“社会性”の始点としてのエディプス・コンプレックス J.バビンスキーの“無意識的な観念”の作用と認知療法の“認知の歪み”の変容:抑圧による病理形成 ■書籍紹介 |
| << 前記事(2009/03/07) | ブログのトップへ | 後記事(2009/03/10) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
S.フロイトの精神分析における“無意識の原因論”と“欠如した物語性の回復”:幼少期記憶の位置づけ
S.フロイトの精神分析は神経症(精神疾患)の原因論として『幼児期のトラウマ・抑圧されたエス(本能的衝動)』を仮定し、夢分析や自由連想といった技法は、それらの否定的な記憶・感情の想起(言語化)を目指すものである。抵抗や苦痛があって自分では思い出すことができなかった『無意識の内容』を意識化(言語化)することによって、心身症状が軽減・回復するというのが精神分析療法であるが、想起される過去の不快な記憶や苦痛なトラウマは必ずしも客観的な現実とは限らない。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/05/25 20:57 |
『精神医学は対人関係論である』としたH.S.サリヴァンとシンタクシスを目指す対人関係様式の課題
『精神医学は対人関係論である』という著作・標語で知られるアメリカの精神科医ハリー・スタック・サリヴァン(Harry Stack Sullivan,1892-1949)は、S.フロイトの性欲理論(リビドー仮説)を否定して、人間の精神発達プロセスに与える『社会文化的要因・対人関係の要因』を重視した。H.S.サリヴァンは、イントラパーソナル(intrapersonal)な『個人内の心的過程(内面世界)』を解釈して取り扱う精神分析を、インターパーソナル(interpersonal)な『個人間の対人... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/08/26 05:38 |
強迫性パーソナリティ障害と硬直的な対人関係や感情表現の問題:自律性の発達課題と完全主義思考
精神分析ではS.フロイトやK.アブラハムの性格理論によって、『強迫性障害(強迫性パーソナリティ)』は2〜3歳頃の肛門期性格と結び付けられてきたが、肛門期性格の特徴は『融通の効かない頑固さ・細かい部分が気になる几帳面さ・出し惜しみしたり貯め込む吝嗇(ケチ)・楽しめない感情表現の硬さ・規則や秩序を過度に好む志向性・ミスを許せない完全主義』などにある。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/09/28 04:47 |
A.アドラーとC.G.ユングの劣等コンプレックスに関する理論1:なぜ思春期に劣等感が強まりやすいのか
人間の悩みや葛藤が強化される原因として『劣等コンプレックス・自己不信感・過去のトラウマ』などがあるが、自分に自信が持てない劣等コンプレックスが顕著に影響する精神障害として“社交不安障害(対人恐怖症)”がある。社交不安障害とは、他人と会話をしたり人前で何か話そうとしたり、社会的な場面に直面した時に、異常に強い不安感・緊張感を感じて、“手足の振るえ・大量発汗・心悸亢進・言葉の吃音(どもり)・息苦しさ・顔面紅潮”などの生理学的な自律神経症状が出る問題である。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/08/10 09:13 |
| << 前記事(2009/03/07) | ブログのトップへ | 後記事(2009/03/10) >> |