|
ジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーが創始したNLP(神経言語プログラミング)という技法を、クリスティーナ・ホールが『言葉の使い方・思考のリフレーミング』をキーワードにして実践的に解説した本である。 NLPが何かというのは簡単に説明するのが難しいが、NLPはカウンセリングや心理療法にも応用可能な『コミュニケーションの実践的スキル』であると同時に、『言語・思考の自由自在なコントロール法』として理解することができる。NLP(Neuro-Linguistic Programming)は人間の神経機構の特徴と言語の構造を応用して、人間の心身(特に感情・意欲・気分)を上手くコントロールする技術・理論であるが、脳科学や神経心理学のように純粋な自然科学的方法論を採用した手法ではない。 NLPの実践者はカウンセラーとは呼ばずトレーナーと呼ばれるが、謂わば、NLPとはトレーナーとのコミュニケーション・プロセスを経験することによって、いつの間にか『以前とは異なる物事の考え方(認知のフレーム)』を手に入れてしまうという面白いテクニックである。NLPの基本的な作用機序は『認知療法』とほぼ同様の仕組みであるが、ワークシートを用いる認知療法よりも個別的テクニックが形式的ではなく会話的なのである。 自然に悩みについての会話を進めていく内に、トレーナーが意図している結論(悩みが弱くなるような認知のフレーム)へとクライアントが導かれるというのが実際に近いが、NLPのトレーナーというのは『人間の認知のフォーカス(焦点づけ)』を自然な会話の展開の中でコントロールする達人のようなものである。つまり、トレーナーは『内的世界(意識・脳内)』と『外的世界(客観的現実)』のつながり方のルールについて知悉しており、NLPというのは外的世界の『一次的体験』と内的世界の『二次的体験』との相関関係や変形のルールを合理的・実用的にまとめた体系ということになる。 本書は、NLPの理論書・概説書の体裁を取っておらず、リチャード・バンドラーの直弟子であるクリスティーナ・ホールと聴き手の喜多見龍一との対談形式の本になっているが、NLPの理論体系を知らなくてもカウンセリングや認知療法の基本的な仕組みが理解できていれば、興味深く読むことが出来るだろう。心理臨床家やカウンセラーが読むのであれば、特に最後の『質問の4つのタイプ』という章がお勧めであり、普段のカウンセリングでは余り用いたことがない実践的効果の高い質問の具体的方法を知ることができる。 NLPは催眠療法家として著名なミルトン・エリクソンの質問技法を参考にしている部分が多いのだが、NLPの技法上の特徴として『質問‐応答の組み合わせのパターン』をリフレーミングにそのまま応用できる形で定式化していることを挙げることができる。NLPのトレーニング(カウンセリング)のセッションでは、『相手の可能性を拡張する創造的な質問』を作り出すことが重要であり、クライアントがどんなに否定的・悲観的な答えを返してきても、そこに『回復・成長に向かう気づき』が既に含まれていることを指摘できるような仕組みを備えているのである。 ただNLPは英語をベースにしたテクニックであるため、『時制(時間軸)における気づき・洞察』を頻繁に用いる傾向があり、特に『未来の時点から現在・過去を振り返る』という形式の質問に対して想像力を働かせられないと効果を発揮しにくい部分もある。NLPでは未来から現在を見てみて、自分の認知や行動のペースを調整するという『フューチャー・ペーシング』という技法を用いるが、この技法は『肯定的な状況・否定的な状況』のどちらにも応用可能である。 『数週間後の将来から現在を見てみて、既にあなたの問題がすっかり解決してしまっていることが分かりますか?』というように、問題解決が終わってしまった状況のイメージからセッションを始めたり、現在の自分のリソース(内的資源・現実状況)の中に既に解決が織り込み済みであることに気づかせたりする。あるいは、『数年後の目標を達成した将来から現在を見てみて、まだあなたの問題が解決していないとして何が困りますか?』というように、問題(悩み)を解決しないと目標が達成できないという順序を逆転させて、目標達成(やるべきこと)に意識をフォーカス(焦点づけ)させたりする。 問題が無くなった未来から現在を振り返って『気づき・洞察』を得るという質問方法を『前提を含む質問』と呼ぶが、NLPにはその他にも『修辞疑問・埋め込まれた質問・付加疑問』などの代表的な質問技法がある。こういった質問技法はカウンセリングでは『開かれた質問(自由解答方式)』や『閉じた質問(はい・いいえの選択方式)』という風に表現されることが多いが、NLPでは『質問すること』と『効果を得ること』が密接に結びついてセットになっているところが面白い。NLPにおける質問は良い意味で予定調和的なのだが、クライアントの解答に『肯定的な解釈・改善的な意味づけ・支持的なコメント』をするための多面的な準備がいつも出来ているので、絶えず『想定内の返答』としてクライアントの認知・思考を問題解決の方向へとリフレーミング(フレームの転換)していくことができるのである。 クリスティーナ・ホールは『質問とは、ある前提を伝えるための方法である』と述べているが、結局、NLPの面目躍如たる真髄は『クライアントに自分が問題を解決できる・既に解決した後の時間軸から現在を見つめることができる』という気づきを自然なコミュニケーションを通して与えられるということにあるだろう。自分が上手く物事をやり遂げた『未来の表象』を抱くことによって、『受動的なポジション』から『能動的なポジション』への転換を引き起こすという仕組みであるが、これは『自分で状況を変えられる・自分は制約のない場所から物事を考えられる』という信念を強める催眠療法的な要素を持つ。 『問題・症状があるから自分の人生は上手くいかない』という受動的ポジションから、『制約を取り除くためには自分はどのように考えて行動すれば良いのか』という能動的ポジションへの転換を引き起こすテクニックは、時間軸を『現在→未来への前進』ではなく『未来→現在へのバックステップ』に変えるところにポイントがある。 『問題を抱えている現在の自分』がそのまま時間軸を未来へと進んでいくイメージを持っていると、問題と自己が一体化して問題が自分からずっと離れることがない。しかし、『問題を解決した未来の自分』から『問題を抱えている現在の自分』を分析するスタンスを取ると、問題と自己との切り離しが行われることになる。 つまり、『自分の問題』を対象化して言及するというスタンスをクライアントに取らせるように質問をしていくと、『私が今まで悩んできたことは……,私は一ヶ月前から気分が落ち込んで……』という“今この瞬間よりも少し前の問題についての説明”が行われることになり、その説明をしている瞬間のクライアントは『問題と離れた立場(問題を分析する立場)』から問題を語っていることに気づくという仕組みである。 子供だましの『言葉遊び』のようにも見えると思うが、人間の認知システムは『“今この瞬間”の自分の問題(悩み)』を主語にして、自分の問題を語ることはできないというのは真実である。『問題(悩み)』を自己や他者に言葉として言及しようとする瞬間に、『問題(悩み)』は今よりも少し過去の時間に置き去られてしまい、思考・分析・解釈といった『言葉の対象』になってしまうからである。“私がいる場所”は“問題(悩み)がある場所”よりも、いつも少し先の『未来の時間』に存在しているのである……だから、人間は『自分の問題・悩み』を対象化して分析し、その解決法をメタレベルで考えることができるというわけである。 このことを前提にすると、私たちが自分の問題(悩み)について語る瞬間には、『今よりも少し過去の自分』について言及することしかできないのであり、『自分の問題』は『今この地点』には既に存在しないということになる。NLPでは『あなたの悩みはどんな時に始まるのですか?どんなことがきっかけで自分が何もできないと思うのですか?』というように『時制(時間)』を意識させる質問を好んで用いるが、そういった質問をする意図は『今この瞬間の自分』と『自分が抱えている問題』が切り離されていること(問題をコントロールできる観察者の視点)にフォーカスさせて気づかせることにある。 『問題(悩み)があるから人生が上手くいかない』という“問題(私)”を主語にした認知フレームを『私が問題(悩み)に対処できるから人生を変えていける』という“私”を主語にした認知フレームに転換させるというのが、NLPの認知療法に類似した作用機序になっています。本書『言葉を変えれば、人生が変わる』には、“人生の主体性”や“問題に対処する能動性”を手に入れるための言葉の使い方や思考の進め方のヒントが対談形式で多く収載されていますので、クリスティーナ・ホールのワークショップを体験するような感じで興味深く読み進めることができると思います。 ■関連URI 人間の性格における『固定的な部分(気質要因)』と『可変的な部分(環境要因)』:抑うつ性格の悲観的認知 認知行動療法で前向きに生きるモチベーションを高める要素:“セルフ・エフィカシー”と“原因帰属” カウンセリングにおける対話の焦点づけと『自分にとっての意味の洞察』:認知・行動の変容と問題解決 カウンセリングにおけるコンプレックスの自己洞察とラポールと関係した自己言及の中立的な調整:2 ■書籍紹介 クリスティーナ・ホール博士の「言葉を変えると、人生が変わる?NLPの言葉の使い方」 ヴォイス クリスティーナ・ホール ユーザレビュー: 私にとってはバイブル ... 私には難しすぎました ... 奥深い言葉の世界に招 ...Amazonアソシエイト by ウェブリブログ |
| << 前記事(2009/03/22) | ブログのトップへ | 後記事(2009/03/28) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
解決志向ブリーフ・セラピーにおける“心的リソース・前向きな可能性・例外の発見”を引き出す質問法
ブリーフ・セラピーの特徴について書きましたが、ブリーフ・セラピーの効果を生み出す作用機序は『悪循環の切断』と『ユーティリティ(自己の活用性)』にあります。システム論に基づく悪循環というのは、苦痛な心理状態や不適応な状況にはまり込む『繰り返される性格行動パターン+対人関係の様式』のことであり、悪循環の問題は『自己と他者の相変わらずの反応』が定型的に繰り返されることで維持されています。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/06/20 10:56 |
社会不安障害・強迫性障害に見られる“完全主義思考の認知の歪み”と認知療法による発想の転換
社会不安障害では、『他人から嫌われたらおしまいだ・他人から拒絶されるような自分には価値がない・他人に好意を持たれないことはつらくて耐えられないことだ』といった人間関係にまつわる偏った認知が見られます。論理療法(論理情動行動療法)を開発したアルバート・エリスは、こういった『〜でなければならない。〜できなければ最悪の事態になる』という完全主義思考を、自分を苦しませるだけで効果の乏しい“イラショナル・ビリーフ(非合理的な信念)”として分類しました。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/09/14 07:34 |
『自分の小さな「箱」から脱出する方法 人間関係のパターンを変えれば、うまくいく!』の書評
本書でいう『箱』は、『自己欺瞞』のことであると解説される。箱とは『自意識(自己愛)へのこだわり』のことであり『自己中心的な認知(物事の捉え方)』のことでもある。自分が『箱』に入ってしまうことによって、人間関係のトラブルや目的達成の困難などが次々と生まれてくるが、自分で自分が『箱』に入っていることに気づくのは非常に難しい。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2010/02/07 16:27 |
『宣言的記憶』と『手続き記憶』の健忘症(脳損傷)による忘却リスク:自分で自覚できない潜在的記憶
前回の記事で説明した盲視覚や半側無視の実験では、『見えているという実感・自覚』が無いにも関わらず、見えていないとできないはずの課題を無自覚的・反射的にこなすことができるという事を示しました。自分自身が自覚することのできない知覚、あるいは、自分自身では意識的にアクセスすることのできない知識があるという人間観は『潜在的な認知プロセス』の存在を前提としていますが、S.フロイトが創始した精神分析学もまた『(本人が自分で自覚できない)潜在的な記憶・感情のプロセス』を再現しようとする心理療法としての特... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/05/19 08:04 |
| << 前記事(2009/03/22) | ブログのトップへ | 後記事(2009/03/28) >> |