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S.フロイトはエロス(生の欲望)の原点として『口愛期』における口唇周辺の快楽を仮定しましたが、エロスとは単純な自己保存(生存維持)の目的を超えた『他者への欲望』です。『エロス』に基づく精神分析の汎性欲説(性一元論)や無意識の決定論には多くの反論異論がありますが、汎性欲説が科学的理論ではなくても『人間がパンのみにて生きるにあらず、人間は一人では生きられない』ということについては大半の人が実感として同意できることだと思います。エロスを大人の性欲の次元だけで捉えると問題は矮小化しますが、普遍的な行動原理としてのエロスは親和欲求や承認欲求を包摂する『他者への欲望』であり、人間は実際的であれ想像的であれ他者とのふれあいや他者からの承認を求めています。 生まれたばかりの赤ちゃんは、自他未分離な母子一体感の中で『愛着行動』と『依存行動』を示しますが、ジョン・ボウルビィが指摘した『乳房を吸う・しがみつく・追いかける』という愛着行動は大人の恋愛行動(性行動)や精神病理、パーソナリティ障害の原型的な側面も持っています。赤ちゃんは母乳(ミルク)からの栄養摂取のためだけに乳房(哺乳瓶)を吸うのではなく、本能的な接触欲求によって心理的安心感(心地よい快楽)を得るために乳房を吸って愛着を形成するのですが、ハーローの針がねマザーの実験ではアカゲザルの赤ちゃんは『ミルクの栄養摂取』よりも『母親のような温かい触感』を優先しました。 つまり、母親がミルクや世話を与えてくれるから二次的に『愛着欲求』が形成されるのではなく、生理的な自己保存欲求に先行する形で一次的・本能的な『愛着欲求』があるということですが、このことは母性的なケアが欠如した乳幼児が心身発達の障害を生じやすく病気に罹りやすいというルネ・スピッツのホスピタリズム(施設症候群)とも相関しています。人間は乳幼児に限らず、ただ衣食住が不足せずに物理的に快適な環境さえ整っていれば問題がないというわけではなく、現実的あるいは想像的に『生存欲求+α』のエロスを他者への欲望という形で抱え込んでいます。 赤ちゃんは十分な食事と快適な環境が与えられていても母親との接触を求めて愛着を形成しますが、自己保存の不安と愛着が結びつくことで特定の相手である母親への『依存性』が明確化していきます。温かくて優しい対象に接触したいという『愛着』と危険な環境(対象)に対する恐怖感・不安感からの『逃避願望』とによって、特定の相手(母親)への依存性は高まっていきます。そして、こういった乳幼児期の親に対する絶対的依存性が、『自我・共感性・自尊心の発達』により相対化されていくことによって、思春期以降の対等な恋愛関係の基盤が準備されます。 生の欲望であるエロスとは、生存(自己保存)に必要なもの以上の何かを『他者との関係性』に求める欲望ですが、『性愛的な行動(小児性欲に準じる快を求める性行動)』や『生殖的な行動(性器性欲としての生殖を目的とする性行動))』だけではなく、『経済的な活動(仕事・消費)』にも他者に自分の価値や能力、魅力を承認されたいというエロスが反映されます。S.フロイトは人間のエロスの原型として口愛欲求を考えましたが、口愛期の愛着行動である『吸う・しがみつく・追いかける』は、思春期以降の異性関係(恋愛関係)において『キスする・抱擁する・会いたがる(淋しがる)』といった適切な愛情表現の行動へと置き換えられていきます。 乳幼児期の愛着行動の発達形態である『キスする・抱擁する・会いたがる(淋しがる)』は、20歳以上の成人であってもごく一般的に見られる行動であり、恋愛関係の中でこれらの『愛情確認の行動』が見られたとしても特別に幼児的で未熟だと判断されることは通常ありません。エロスとは『生存欲求以上の精神的充足・感覚的快楽』を他者に求める欲望ですから、生殖(妊娠出産)につながらない性愛全般は特定の目的(子孫の継続)や利益性(損得)を持っていないのです。しかし、避妊をしている人や子供が欲しくないというカップルでもキスをしたり抱き合ったりセックスをしたりするように、人間の性愛は愛情確認や感覚的な快楽(安心感)そのものを自己目的化している部分があります。 フロイトが『性器性欲』と呼んだ思春期以降の生殖(遺伝子保存)を目的にするセックスというのは現代では主流ではなくなってきており、実際に行われているセックスの大半は妊娠出産を直接的な目的としているものではありません。赤ちゃんが栄養摂取の『実利的な目的』のためだけに乳房を求めるのではないように、成人の性行為も子孫を残す遺伝子保存の『実利的な目的』のためだけに行われているのではなく、そこに感覚的な快楽とは別の『異性への愛着・愛情・依存・承認欲求』などの心理的要素が複雑に絡み合っています。 思春期・青年期以降の大人の性愛内容にも幼児退行的な要素が多く認められ、『キスする・抱擁する・胸や性器を愛撫する・甘えた話し方をする』などの行為には、ストレスや責任の多い『現実原則』を離れて、難しいことを考えず無邪気に心地よい刺激を求める『快楽原則』に一時的に退行するといった意味合いを読み取ることができます。『性行為(性的刺激)』と『ストレス解消』を安易に結びつけることには、セックス依存症や不倫・浮気、性的逸脱、性犯罪、セクハラなどのリスクもありますが、時々、社会的地位・信用のある真面目そうな人が信じられないようなセクハラや性犯罪をしてしまう背景にも、『社会的役割・精神的ストレスからの逃走』による不適応反応があります。 今の自分が置かれている過剰なストレス状況や社会的役割から逃げ出したい、嫌なことを何もかも忘れたいと思う時に、現実原則を一時的に離れることができる『退行的・遊戯的な性行為』がひどく誘惑的に映ってしまうことがあります。不倫・浮気や性的逸脱をしてしまう背景には、『現在の自分の空虚感・ストレス』や『現実の生活状況の否定願望』といったものがあり、快楽原則に退行することにより自己イメージを再編したりストレスを緩和したりすることができますが、多くの場合にはそれは一時的・刹那的な効果でしかありません。現実の人間関係や生活状況をきちんと整理せずに不道徳・非常識な性関係ばかりに惑溺してしまうと、病理的な対人関係(性的関係)への依存症の問題が生じたり、現実適応能力・責任感の低下が起こったりすることがあります。 『キスする・抱擁する・会いたがる(淋しがる)』の恋愛行動の直接的な動因は、『接触欲求(好きな相手と触れ合いたい)』と『依存欲求(好きな相手に癒されて安心したい)』ですが、恋愛行動(性行動)の多くは上記してきたように束の間の幼児退行といった特徴を持っています。その為、自我の発達(自他の区別)が未熟だったり退行の度合いが大き過ぎたり、一方的な依存性・束縛性(独占欲)が強すぎたりすると、恋愛関係に様々な問題が発生しやすくなり異性関係で悩むことが多くなってきます。 青年期以降の大人の恋愛・性愛が“適応的”であるためには、『相互の自立性・相対的な依存性・現実原則と快楽原則の使い分け・適度なコミュニケーション(同意の上の活動)』などの条件が必要になってきますが、『(発達早期への)退行―固着』という精神分析の病理メカニズムがそこに働くと、恋愛関係(性愛関係)が“非適応的”なものへと変容していきます。『キスする・抱擁する・会いたがる(淋しがる)』という大人の恋愛行動は乳幼児期の愛着行動が発展・分化したものであり、その原型は乳児の『吸う・しがみつく・追いかける』の愛着行動にあります。 精神分析理論では心的外傷など何らかの要因で、自我が発達早期の段階に退行して固着することで精神疾患や不適応状態が発症すると考えますが、大人の恋愛行動(異性関係)が『吸う・しがみつく・追いかける』といった乳幼児期の段階にまで退行すると、様々な不適応行動に陥る可能性があります。『吸う』と関連する単純な性嗜好の変化では『異性の全体性・人格性』を認識できないフェチシズム(拝物愛)やサディズム(嗜虐性向)など部分性欲への退行が起こることがあります。『しがみつく』といった絶対的依存性や見捨てられまいとする努力が強くなると、対人関係・セックスの依存症(対人嗜癖)の問題が出てくるだけではなく、見捨てられ不安や空虚感を伴う境界性パーソナリティ障害の特徴が形成されることもあります。『追いかける』といった退行が強まると、『相手の同意・意見』とは無関係に相手に付きまとってしまう執着の深さやストーカーの問題などに発展してしまう危険があり、相互的なコミュニケーションが成り立ちにくくなります。 口愛期の愛着・依存の行動は人間のエロスの原型(モデル)ですが、そのままの形では大人の恋愛・性愛には当然ながら適用することができず、大人の恋愛関係では『相手の反応・応答』を確認しながら『自己の愛情表現・性的欲求・意志伝達』のコミュニケーションを調整していく必要があります。一方的な依存心や要求(甘え)だけでは相手との良好な関係性を維持していくことが難しく、退行的な依存欲求や性行動が過剰になってしまうと上記した『部分性愛・対人嗜癖・境界性パーソナリティ障害・付きまとい(ストーカー)』などの問題が深刻化してしまいます。 発達早期の母子関係では『依存する子−依存を満たす母親(父親)』という役割関係が固定的であるために絶対的依存が満たされやすくなりますが、思春期・青年期以降の異性関係(人間関係)では『依存する自分(要求する自分)−依存を満たす相手(要求に応える相手)』という役割関係がある程度互換的でなければどちらかの不満(ストレス)が溜まり過ぎてしまうでしょう。人間のエロスは『愛着・依存』に由来する一方的な本能的欲求としてスタートしますが、自我が発達するにつれて『他者の応答・反応・承認』によって心理的満足・快楽を得る双方向的なコミュニケーション欲求へと変化していくことになります。エロス(生の本能)は即物的な生存欲求を超えているだけでなく独我論的な自己の欲求充足も超えており、主体的意志(自分とは異なる自我)を持った『他者の双方向的な反応・承認』がなければ本質的な意味でのエロスの精神的充足を得ることは難しいのです。 ■関連URI リビドー充足と対象関係を欲求する精神分析の普遍的人間観:『ヒステリー研究』に見る時代風潮と基本原則 自尊心を求めるH・コフートの自己愛の発達理論とS・フロイトの病的なナルシシズム ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの『禿鷹空想』と同性愛気質の精神分析的解釈 早期母子関係の発達プロセスと“愛着行動・探索行動”のバランス:ハーローの代理母実験 ■書籍紹介 |
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わずか1分で出来る「心と体の元気回復法」
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こんなのでました 2009/01/27 19:29 |
A.エリスのABCDE理論のモデルと“不快な気分・苦痛な感情”を改善する合理的信念の効果・特徴
認知療法を参照した『怒りの感情』のコントロールでは、『怒りの発生原因』と『他者への要求・報復』に着目して自分の情動的な怒りを自発的にコントロールすることを目標にしました。アルバート・エリスの論理情動行動療法(REBT)の『ABCDEモデル』やアーロン・ベックのうつ病の心理療法に応用される『認知理論(抑うつスキーマ・モデル)』では、『客観的な出来事(A)』と『結果としての感情・気分(C)』が直接的に結びついているとは考えないところに特徴があります。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/02/11 13:43 |
“真のリア充”のライフスタイルや行動基準とはどんなものか?リアルとバーチャルの欲望の相互補完性
ネットで『リア充』という言葉を見かけることがありますが、『バーチャルではなく、リアルで充実した生活をしている人』という意味のようです。『リア充』に対置されやすいのは、『非社会的な属性』を持つオタクやひきこもり、ネト充(ネットで充実)などであることから、リア充でいう“リアル”の定義は『物理的な他者と直接的にコミュニケーションする環境・実名の個人として社会的な評価や役割を受け取る環境』という風に言えるでしょう。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/04/20 15:22 |
佐藤賢一『カルチェ・ラタン』の書評:青年ドニ・クルパンの“自立”に向かう友情と性的成熟の物語
パリ有数の資産家クルパン水運の次男であり、純情過ぎるが故に女性が苦手なドニ・クルパンとパリ大学神学部が輩出した女好きの俊英マギステル・ミシェルの友情を中心にして、16世紀パリの『キリスト教改革(神学論争)』と『男女の性愛の葛藤』を小説化した作品である。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/06/13 07:10 |
千葉市花見川区の『女性殺害・次女連れ去り事件』の容疑者が沖縄県那覇市で逮捕、次女は無事に保護
千葉県の千葉市花見川区で元交際相手の次女の母親を殺害して、次女を連れ回した容疑が掛けられていた仲田敬行容疑者(28)が関東から遠く離れた沖縄県那覇市で逮捕されました。この事件を起こす前にも、仲田容疑者は愛知県内で一週間にわたり次女を連れ回しており、姉と次女が警察にストーカー行為に対する相談を行っていたということですが、事件の発生を防ぐことはできませんでした。母親が殺害されたことは非常に残念であり、取り返しがつかない許しがたい凶行ですが、次女の方が連れ回されている間に怪我を負うこともなく無事... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/07/24 22:35 |
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