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あけましておめでとうございます。2008年度は、米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻から拡大した『金融経済の信用収縮』が、予想を遥かに越えるダメージを世界経済と一般労働者にもたらした年として印象に残る年でした。信用力の低い個人向けの住宅ローンである『サブプライムローン』という金融関連商品の名前が人口に膾炙するところとなりましたが、サブプライムローン破綻以降の不況でもっとも割りを食ったのは、金融商品の売買で高額報酬を得ていた人たちではなく労働市場の末端で働いている被雇用者たちでした。 リーマン・ブラザーズやゴールドマン・サックスなど外資系の金融機関で働く経営者・従業員は、年俸数十万ドル以上(経営者であれば年俸数千万ドル以上)の破格の高額報酬を得ていましたが、それに見合うだけの十分なリスク・社会的責任を負っていないことが米国議会で批判されたりもしました。その高額報酬の根拠として引き合いに出されるのが『リスク・成果に見合ったリターン』ということでしたが、実際には、金融危機によって破綻したリーマンの経営者や社員が仕事を失ったことで生活に困窮するほどのダメージを負ったという話はほとんど出てきません。 サブプライムローン破綻以降の金融危機・不況によって、雇用・生活に甚大なダメージを受けたのは、どちらかというと外資系金融機関の社員というよりは、製造業(労働市場)の末端で働く低所得の派遣・請負の労働者だったのではないかと思われます。派遣労働者や中小企業の従業員の大半は株・証券の取引による莫大な利益を得たことはないと推測されますが、『グローバルな金融投資・リスク管理の失敗のツケ』を間接的に負わせられる格好となり、外資系金融機関の従業員のような失業期間をやりくりするだけの貯蓄・持ち家もないので、仕事を失うことと文化的な生活基盤を即座に失うことがイコールになっています。 突然の一方的な解雇や契約打ち切りで失業した人たちが、当座の生活を賄っていくための『衣食住の支援体制・援助活動』は徐々に整えられてきてはいますが、長期的スパンで見て有効となる『大量の雇用創出・職業に直結する教育訓練制度』は今後の重要な政治課題になってきます。明日の生活を心配しなくても良い安定した雇用・所得・貯蓄レベルは『文明社会・消費活動の原点』であり、ある程度長期的に安心して働ける環境か短期の失業を乗り越えられる貯蓄レベルが無ければ、景気を下支えする国内消費(内需)を活性化させるだけのマインドは回復してこないでしょう。 自動車や住宅、大型家電といった耐久消費財が売れなくなった背景には、『安定した所得を得られる層』のボリュームの縮小があり、数年単位のローンを自信を持って組める人の数が減っていることが一つの原因でしょう。正社員であっても非正社員であっても会社で働く人たちを『できるだけ削減すべきコスト(負債)』として認識して粗略に扱う限り、人材の能力や資質・意欲は向上せず国内消費の回復も永遠に覚束ないのではないでしょうか。『消費者=労働者(給与所得者)』という前提を忘れて、『コストである人件費』をぎりぎりまで削減すれば会社は儲かるという近視眼の発想に立つだけでは、『将来の顧客』や『未来の意欲ある人材』を自ら切り捨てる愚を犯すことになります。 日本の年末の報道は、終わりの見えない不況の中で仕事と住居を失って途方に暮れる非正規雇用者たちのニュース一色に染まりましたが、日本の経済構造の中核を担っていたトヨタやSONYに代表される『製造業』の業績が急速に悪化しているのは心配なところです。金融危機の震源地であるアメリカでも、GM・フォード・クライスラーという自動車企業の『ビッグ3(ビッグスリー)』が深刻な資金繰りの悪化により『倒産の岐路』に立たされています。米国政府からの巨額融資が継続されなければビッグ3は自力での経営再建は不可能と言われています。 日本でもアメリカでも『アメリカの消費縮小』が製造業の需要(売れ行き)に大きな打撃を与えていて、工場の減産体制と人員削減(リストラ)が加速しています。この不況は『アメリカの過剰消費』に今まで依存してきた日本経済・ヨーロッパ経済の足元の弱さを指摘するものでもありますが、日本の輸出型産業の景気が急速に冷え込んだ最大の要因は為替差損を拡大する『円高』の急進でしょう。日本のGDPに占める外需依存の輸出型産業の比率はそれほど高いものではないという指摘もありますが、新聞各社が社説で訴えているような個人金融資産1,400兆円を根拠とする『内需拡大』が本当に実現するかというと、『金融資産を持っている層』と『これから大きな消費をする層』との乖離が大きいので難しい部分があります。 日本にはまだまだ十分なお金(金融資産)が眠っているのになぜお金を使わないんだという趣旨の内需拡大論(景気回復論)というのはバブル崩壊後の不況期からありますが、『金融資産の偏在(偏り)』や『資産家層の高齢化』を無視している側面があり、国民の過半は『使えるけれど使わない十分な貯蓄(数百万〜数千万円以上の貯蓄・資産)』を持っているわけではないでしょう。『派遣切り』によって即座にホームレスに転落するという労働者の不安が訴えられているように、非正規雇用を中心として『次の給料』が振り込まれなければ、すぐに生活が破綻するという無貯蓄者層の比率(約20%の世帯が無貯蓄であるという統計もあったように思います)は無視できないほどに大きくなっているのではないかという懸念が拭えません。 内需依存にせよ外需依存にせよ、誰かがお金を支払って『財・サービス』を十分に消費しなければならないという基本構造には変わりがなく、『その財・サービスが欲しいという需要』の問題以上に『欲しい財・サービスが買えるだけの所得や貯蓄』を多くの人が持っているかという問題のほうが大きくなってきているように感じます。消費者が選り好みした結果として『需要』がないからモノ・サービスが売れないのか、本当は買ってもいいと思っているが買うだけの『所得水準(生活の余裕)』が無くなっているからモノが売れないのかという根本に立ち返って、経済や雇用の仕組みを考えていかなければならないと思います。 その意味では、『先進国の成熟経済』ではみんなが物質生活に十分に満足することになるので、『モノ・サービス』があまり売れなくなるという定説もかなり怪しい部分があるのですが、正確に現在の状況を捉えるとすると、先進国の成熟経済では企業の労働分配率が低下して末端の従業員(非正規雇用・フリーター)に高額の消費をするだけの経済力がなくなるから『モノ・サービス』が売れないのではないかという疑念もあります。 労働条件が改善され可処分所得が大きくなって生活に余裕ができれば、まだまだ自動車にせよ住宅にせよファッション等の嗜好品にせよ『買いたいという消費マインド』が喚起される可能性があると推測されます。現状の消費縮小というのは、労働条件が過酷な職場であっても『十分な消費生活をするだけの所得』が得られないというデフレや国際競争の激化(賃金ダンピング)に要因があるわけで、派遣の非正規雇用者であっても正社員並みの賞与などがでれば、更に追加的な消費をする可能性は相当に高いと思います。 そう考えると、トヨタなどの自動車会社が円高で輸出できなくて、港付近の自動車保管場所からあふれ出しそうなほどの自動車を生産する能力を持ちながら『車が売れない』と嘆いているのは奇妙といえば奇妙な状況であり、単純に国内消費を考えても『車が欲しくないから選択的に買わない』のか『車が欲しいけど現実的に買えないから買わない』のかという国民の経済状態・所得分配率の分析が必要になるのではないでしょうか。 自由市場経済は『価格の調整力』によって需給が調整されるというのが原則ですが、現代社会ではモノ(商品)が有り余っているにも関わらず日々の生活が苦しいという国民(労働者)が増えているように、『モノを買いたいという需要がない』というよりも『平均的な給与水準が低い・欲しい商品の価格が高い』ために需要があっても購買力がないということのほうに問題の本質があると推測されます。この『十分な購買力を持つ労働者』が減少するという問題が、経済のグローバル化(安価な労働力との競争・賃金ダンピング)と関係する一時的な現象なのか、それとも恒常的なグローバル経済の構造なのかによっても対応策が変わってくると思いますが、フルタイムで働いている人の可処分所得・貯蓄水準が伸びない限りは『消費の総量』は増えないのではないでしょうか。 コンビニで売れ残った弁当・惣菜が大量廃棄されたり、ディーラーで売れない自動車が新古車となって価格を逓減させたりしているのを見聞きすると、これらの商品には消費者の需要が無いのだと思い込みがちです。しかし、実際には現代日本にも炊き出しに集まる失業者が多くいて、日々の空腹感に耐えている生活困窮者がいるように、売れ残っている弁当や食品にも購買力を度外視すれば『潜在的な需要』はあると推測されます。世界規模で見れば、アフリカ・アジアの開発途上国には有り余るほどの『(お金・雇用は殆どありませんが)潜在的な食糧品や清潔な水の需要』があります。『現代社会の十分な生産能力』に対して、それを可能であれば欲しいと思う人の需要(所得レベル)が追いついてこないという状況(貧しさ=商品の配分の効率性低下)をどう解釈すべきなのでしょうか。 モノ・サービスが市場で不足しているわけではないので、働いている人の給与の配分率を高くしたり、老後不安を取り除く社会保障政策を工夫したりすることで、景気を悪化させないだけの『一定の消費レベル』は維持できそうな気もするのですが……今までの金融資本主義では、一部の成功者・エリートに金融資産や労働分配率を集中させることで『(高額消費中心の)消費レベル』を保っていた側面がありますが、最大多数の労働者や国民に『一定レベルの購買力』を担保するような仕組みが作れれば面白い試みになりそうです。 資本主義・市場経済という経済システムには今までさまざまな賛否の意見が寄せられてきましたが、グローバリズムの進展によって『適正な賃金水準(生活困窮を回避して消費生活ができる賃金水準)』が分かりにくくなっており、先進国で平均的な社会生活・家庭生活ができないレベルにまで賃金が下落している問題を何とか解決する必要があると思います。グローバル経済の中では一国だけの労働市場の改革では限界がありますが、人件費のかさ上げを『会社のコスト』ではなくて『購買力(需要)の担保』という方向に解釈できるようなシステムを作り、社会保障の信用性を上げることで消費や投資を促進することが景気の安定化に寄与するのではないかと直観的には感じます。 その意味では、最低賃金をコスト削減で切り詰めるのではなく、全体的に思い切って引き上げ、低所得とされていた非正規雇用の購買力をもう少し高める(欲しいモノと所得水準をマッチングさせる)ことができれば、インフレ基調に傾きつつも内需が拡大するのかもしれません。『雇用の量(新たな産業や雇用の創出)』と同時に『雇用の質(所得の底上げ)』が問われてくることになりますが、マルクス的な労働価値説が葬り去られた現在では『労働に対する賃金』の適正水準・算定方法は見えにくく(更に言うならば、安く働いてくれる人が他にいればその賃金水準まで下落します)、特に成果が数字で見えない仕事や同一価値労働同一所得の原則が通用しない業種では『(最低限の生活・家族を維持できる)賃金の適正水準』が崩れやすいと言えます。 今年も時間を見つけて『心理学・カウンセリング・政治経済・時事・歴史・書評』などに関する記事を書いていきますので、『Es Discoveryのブログ』をよろしくお願いします!今年が多くの人にとって心理的にも生活面でも良い一年になること、更にはさまざまな理由によって困窮している人の苦しみや悲嘆が和らいでいくことを願っています。 ■関連URI リーマン・ブラザーズの経営破綻とアメリカ金融の業界再編:複雑化・高度化する金融商品と金融危機のリスク 麻生内閣の『生活対策』を掲げた総合経済対策の雑感:全世帯への“定額給付金”と消費税増税の問題 米国大手ビッグスリーの公的支援・新卒者の内定取消しの問題と門倉貴史『貧困大国ニッポン』の書評:2 グローバルな金融危機の拡大とG7の公金投入を核とした危機対策:規律と信用を失った金融システムの問題 ■書籍紹介 労働ダンピング―雇用の多様化の果てに (岩波新書) 岩波書店 中野 麻美 ユーザレビュー: 労働者全般が共有すべ ... 労働者本意の働き方を ... これは読まないとまず ...Amazonアソシエイト by ウェブリブログ |
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主役は「消費者」になるかもしれないという予感
ブログ”カウンセリングルーム:Es Discovery”の「明けましておめでとうございます。世界経済の混迷と雇用不安、時代の閉塞感を乗り越える意志と知恵を求めて」という投稿で語られていた考えは、わたくしの基本的な立場と大いに相通じるものがあり、心強く思いました。 彼の ...続きを見る |
消費生活トータルソリューションパッケージ... 2009/01/12 10:17 |
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