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help リーダーに追加 RSS 豊臣政権から江戸幕府への転換と『ご恩と奉公の原理』の変質:“豊臣家の断絶”と“徳川将軍家の継続”

<<   作成日時 : 2008/11/15 19:37   >>

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織田信長、豊臣秀吉という日本史の上でも傑出した専制君主の時代が終わると、豊臣政権下で最大の実力者であった徳川家康(1543-1616)が台頭して征夷大将軍に就任し江戸幕府を開府する。武力で領土を拡大する戦国武将としての実力と存在感では、徳川家康は信長や秀吉よりも個としての存在感が劣っているが、武家の棟梁としての血統(家系)を約260年にわたって存続させた戦略においては数枚上手であった。家康は天下一統を成し遂げた秀吉の政権の果実を横から攫った狡猾な印象があるので大衆的な人気は必ずしも高くないが、秀吉が幼少の豊臣秀頼への2代の権力継承にさえ失敗したことを考えると、15代にわたって徳川将軍家が存続したことは驚異的なことでもある。

信長・秀吉が天下布武を目指した安土桃山時代は『戦乱の時代』であり、家康・秀忠・家光の3代で武家諸法度(参勤交代・改易や転封)に依拠する江戸幕府の支配体制を確立した江戸時代は『太平の時代』である。豊臣秀吉が溺愛した秀頼への権力継承に失敗した理由は、家康という実質的に秀吉に拮抗する戦国武将が同時代に存在していたこと、家康よりも長生きできず子の数が少なかったこと、朝鮮出兵で成長経済路線を強引に維持しようとして失敗したことなどを考えることができる。日本全土を統一した専制君主の豊臣秀吉にとって解決しがたい問題だったのは、戦国時代から引き継いできた各地の『余剰な兵力(臨戦態勢にある兵士)』であり、『戦うべき敵』が次々に消滅していく中で兵士の不満を鬱積させないために軍事力をどのように活用するかということであった。

主君からの恩賞・褒美を期待できる『戦(いくさ)』のない社会で血気盛んな兵士が増え過ぎると、失業した収入のない浪人が反乱を起こしたり治安を乱したりするリスクが高くなってくる、これに対処するために打ち出した秀吉の政策が『朝鮮出兵(唐入り)』『刀狩り』である。実力主義の戦乱を潜り抜けてきた武将・兵士が主君に一番期待したのは『武功に対する所領(領地)』であり、武家の棟梁は家臣の軍事的功績に対して所領と官職(公的地位)を与えることによってその権威を保持してきた。秀吉もその例外ではなく、自身の天下統一に貢献した武将たちに日本各地の領地を与えること(あるいは本領を安堵すること)で家臣の忠誠心を得ていたが、戦国末期になると家臣に与えられる『新たな領地』が大幅に減少して海外に領地を求める他はなくなった。

家臣に対する褒美として当時流行した茶道の茶器(名器)や価値ある芸術品が『土地の代替』とされることもあったが、これは与えられる土地が減ったことによる苦肉の策としての側面も持っていた。生活を気にする必要のない国持大名(大大名)であれば実利性の乏しい茶器や芸術品を貰うことを喜ぶこともあったが、十分な俸給がない大多数の武士が欲しがったのはやはり安定した収穫(所得)をもたらす『土地(所領)』だったのである。

兵士となる武士・足軽(百姓)の行動原理は『生命を賭けて戦で奉公する代わりに、武勲を立てれば相応の領地・褒賞と身分を与えよ』ということであり、鎌倉幕府の成立以降、武家の主君と家臣の主従関係の基本は『ご恩と奉公』なのである。家臣が生命を賭けて『奉公』したにも関わらず、主君がそれに見合うだけの『ご恩』を返さなければ、武家の主従関係の根本は危機に直面する。現代社会でも、従業員(サラリーマン)がサービス残業をも厭わずに必死に働いたのに、それに対する十分な収入・評価が得られなければ企業への貢献意識(仕事へのモチベーション)が低下するが、武家の『ご恩と奉公』の崩れもそれと類似した心理である。

秀吉は『刀狩り』を断行して百姓(農民)・町人の職業選択の自由を奪うことで、これ以上の武士・足軽の軍事的な奉公は必要ないこと(戦の奉公に対する十分な恩賞・昇進をもう与えられないこと)を明確化し、身分制の封建主義社会を打ち立てる『兵農分離』を推進した。無位無官の百姓(足軽)の身分から関白太政大臣の地位にまで上り詰めて天下を統一した出世頭の秀吉だからこそ、武器をとって立身出世を目指す『百姓・下級武士の心理』を知り尽くしていたが、『身分の上昇』を目指す百姓から足軽(兵士)への相互移行を認める限り、天下の治安は絶えず不安定なものとなる。

百姓・町人・僧侶の武装解除としての『刀狩り(兵農分離)』を断行することで、これからの時代には『戦による庶民の立身出世(急激な身分上昇)』は最早ありえないことを宣言したとも言えるが、前近代的な定常型経済(自給自足に近い農業経済)では『軍事的な自由競争』『安定的な身分制社会』かの選択をするしかなかった。初代将軍・徳川家康は封建主義と身分制度に基づく安定的な幕藩体制を確立していったが、幕藩体制では林家(林羅山)の儒教道徳によって『見返りを期待しない主家への奉公(忠孝の徳)』が内面化されていく。

これは鎌倉時代以来の『武士の行動原則(ご恩と奉公の原理)』の革命的な転換であって、武士が主君に忠義を尽くして奉公するのは『ご恩(領地・褒賞)』のためではなく、武士として当然の『道徳的義務』と考えられるようになっていったのである。

つまり、徳川幕府では家臣が実力で主君に取って代わる『戦国の作法=下剋上の実力主義』が完全に否定され、家臣・百姓・庶民は『世襲される身分』に従って主家(徳川家を頂点とする支配階層)に逆らわずに無償の奉公を尽くすという忠孝の儒教道徳(身分制の秩序感覚)が絶対化・内面化されていったのである。戦国時代は立身出世のチャンスがあるが社会秩序が大いに乱れた『下剋上の時代』であり、江戸時代は極端な身分階層の移動は禁じられているが安定した社会秩序が維持される『分相応に生きる時代』であったと位置づけることができる。

明治維新による産業社会の近代化と文明開化、民主的な啓蒙思想を経験したことで、『経済の自由競争=職業選択と思想信条の自由』というオプションが生まれたが、百姓・農民が農業以外の仕事をしても良いというインパクトは非常に大きなものであった。有事に備えて農業経済(百姓の労働)に生活を依存していた『武士の仕事(弓馬の道)』に経済的な価値が乏しいことが明らかにされ、徳川将軍家の幕藩体制が崩壊した近代社会では武士の特権である『苗字・帯刀・俸禄』が奪われていった。

時代を先にまで進み過ぎたが、豊臣政権が長続きしなかった理由の一つに『秀吉の子が少なかったこと』があり、徳川将軍家が約260年も継続した理由に『家康の子が11男5女で多かったこと・徳川将軍家の血統(世子)を絶やさない安定的システムが確立されたこと』が挙げられる。






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