カウンセリングルーム:Es Discovery

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 大英帝国のコーヒーハウス文化の衰退と国民各層に普及した“紅茶文化”:紅茶の国イギリスの近代化

<<   作成日時 : 2008/10/22 02:22   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 5 / コメント 0

『ブログ論壇の誕生』の書評記事で、政治的・公共的な討論を行う場が王国の宮廷のサロンからイギリスのコーヒーハウスやフランス・イタリアのカフェへと移行したという話を少しした。17世紀以前のヨーロッパの王朝では貴族階級の代表者が集まる宮廷政治が主流であり、政治の中枢である宮廷でサロンを開催して公共的な議論を行ったが、サロンとは貴族階級や知識階層の『社交の場』であり民主主義的な理念とは遠い公共圏であった。17世紀以降、有力・有識な市民階層が集うイギリスのコーヒーハウスで政治の重要課題が話し合われたというと、日本人の感覚からはどうして国家の重要な政治議題が喫茶店の井戸端会議などで気軽に話し合われるんだという奇異な印象を受ける。

結局のところ、近代日本の歴史過程では主権者意識が強固な市民階層は成熟しなかったし、サロンに近い諸侯会議が幕末に開催されることはあっても、ヨーロッパのコーヒーハウスやカフェのように上流市民階層が日常的に集まって、国家の政治に大きな影響を与える公論を展開することなどはなかった。そもそも、日本では『コーヒー』に政治的に深い意味合いを感じた時期などはなかったし、政治とコーヒーの結びつきを必然のものとして結び付けられる歴史感覚が私たちにはない。現代日本においてもコーヒーは非常に人気と需要の高い日常的な飲料であり、カフェインを含む若干の依存性がある嗜好品ではあるけれど、日本人にとってのコーヒーは昔も今も飲み物の一種に過ぎず、コーヒーを飲んで政治的議題を熱心に語るような『コーヒーと公共性が結合する文化』は無かった。

イギリスのコーヒーハウスの歴史は17世紀半ばにまで遡るが、コーヒーについて語る前に思うのは、日本人がイメージするイギリスは『コーヒーの国』ではなく『紅茶の国』であるということだ。コーヒーは世界中どこででも人気のある飲料だけど、現代の世界で『コーヒーが大量消費される国』と言えばまずスターバックスやタリーズコーヒーなどの現代風カフェが発祥したアメリカ合衆国が思い浮かぶが、『紅茶の国』というイメージが強くある先進国はイギリスだけである。紅茶・緑茶・ウーロン茶などの『お茶』も『コーヒー』と並ぶ高い需要のある飲料ではあるが、世界全体で見てコーヒーの消費量はお茶よりも圧倒的に多く、特にヨーロッパ主要国ではイギリスのような独自の紅茶文化(飲茶文化)を伝統として発達させた国はない。

大英帝国の盛期にあったイギリスは、中国(清)とアヘン戦争(1840年)を戦う原因となるほどに『茶の需要』が急騰した歴史を持ち、19世紀後半には上流階級だけではなく、労働者階級や女性・子どもを含むほとんどのイギリス人が日常的に紅茶を飲む習慣・文化を受容していたのである。イギリスと茶を取り巻く歴史的な大事件としては、アメリカ独立戦争の引き金の一つとなった『ボストン茶会事件(1773年)』と清王朝が理不尽なイギリスの三角貿易に抵抗した『アヘン戦争(1840年)』があるが、茶はイギリスにとって『恒常的な貿易赤字の原因』であると同時に対米貿易における『富の源泉』でもあった。

イギリスが『茶(緑茶・紅茶)・コーヒー・ココア(チョコレート)』といった外国産の飲料を輸入したのはほぼ同時期で、17世紀初頭に貴族階級が消費する嗜好品としてそれらの刺激的な飲料が愛好されるようになった。どうしてイギリスではコーヒー文化よりも紅茶文化のほうが国民的な人気を博すようになったのだろうか。その答えは、殺菌作用による公衆衛生の向上やビタミン摂取による栄養状態の改善といった『茶の効能』にもあるが、17世紀のイギリスで政治的公共圏を形成したコーヒーハウスの隆盛がコーヒー文化の衰退を招いた側面もある。文化・民族・宗教・慣習に関わりなく世界規模で受け容れられた嗜好品には『茶・コーヒー・タバコ・カカオ』があり、禁酒の戒律があるイスラーム圏を除けば『ワインやビールなどアルコール類』も世界中で相当に根強い需要を誇ってきた。

コーヒーと茶はどちらも神経刺激物質のカフェインを含んでおり、コーヒーと茶を輸入したヨーロッパ諸国では『精神の覚醒(眠気の予防)や高揚(集中力の向上)の効能』が輸入業者(イギリスでは東インド会社)によって喧伝されることで上流階級から庶民階級への普及が進んでいったとする説もある。天職に対する勤勉性や生産効率性を重要視するプロテスタンティズムの倫理と精神状態を覚醒させてすっきりさせる『コーヒー・茶』の相性が良かったこともコーヒーや茶の消費増大を後押しした。しかし、コーヒーや茶がヨーロッパ人の大半に受容された最も大きな原因は常識的に考えて『ほとんどの人が美味しいと感じる飲み物・飽きが来にくいデファクトスタンダードになれる飲み物』だったからである。

17〜18世紀のヨーロッパでは『安全性・衛生状態』が確保された数少ない飲料の一つだったこともあり、コーヒーや茶は短期間のうちにヨーロッパ各国で階級や民族に関わり無く愛飲されることになった。17世紀のイギリスにおいてコーヒーや茶はアルコールよりも望ましい“理性的な覚醒のための飲料”とされたが、その理由は言うまでも無く『社会的迷惑や対人トラブルに発展する可能性を持つアルコールの酩酊作用・興奮作用・依存性』が茶やコーヒーには無かったからである。アルコールは理性を鈍磨させて意識水準を低下させる(混乱したり眠くなったりする)が、茶やコーヒーはその逆で理性を研ぎ澄まさせて意識水準を覚醒させるということで、特に飲酒を禁止する禁欲主義の清教徒(ピューリタン)にコーヒーは好まれた。

17世紀といえば、国王チャールズ1世を断頭台に送ったオリバー・クロムウェル(1599-1658)が主導する清教徒革命(1642-1649年)の嵐が吹き荒れた時代であり、イギリスの政治制度が王政から議会政治へと舵を切り替えた時であった。イギリス革命の歴史には深入りしないが、清教徒革命後の1660年に長老派に擁立されたチャールズ2世が王政復古を行い、護国卿として一時的に『共和国(コモンウェルス)』を建設したクロムウェルは墓を暴かれて名誉剥奪の制裁を受けた。イギリスは結局、過去の歴史的権威を全否定して『国王のいない共和国』になるという急進的な市民革命の選択を受け容れなかったのであるが、この辺の歴史的経緯とバランス感覚は『天皇のいない共和国(武家による公家の強制排除)』という選択をしたことのない日本も似通っている部分がある。

議会政治と国教会を軽視したカトリック王のジェームズ2世名誉革命(1688年)によってイギリスから追放し、ウィリアム3世・メアリ2世夫婦の共同統治下において『国王は君臨すれども統治せず・国王は議会の決定を尊重して承認する』という立憲君主制の原則を慣習化させる。立憲君主制に支えられた議会政治の基盤を固め世界各地に植民地を増大させた17〜20世紀の大英帝国は、帝国を効率的に運営するための社会システムや経済システムを必要とする。大英帝国が膨張を始めた17世紀において、それらの経済社会システムを構築する政治的な討議の場として機能したのが、有力・有識な男性市民が集うコーヒーハウスだったのである。

17世紀は、イギリス社会の道徳的風潮や文化的流行が清教徒(ピューリタン)の規範意識に左右された時代でもあり、イギリスの民主主義政治の黎明期には『ピューリタン的な禁欲的理性』を鋭敏化させる飲料としてコーヒーの日常的飲用が推奨されたのである。現代の日本人が17世紀英国のコーヒーハウスと聞いても『英国紳士が集う喫茶店』くらいのイメージしか湧かないが、当時のイギリスのコーヒーハウスは政治的な討議を行う場というだけではなく、世界中の情報(ニュース)が一番早く集まる場所であり、株・商品の取引が行われたり金融機能を果たす場所だったりしたのである。端的に言えば、公共圏としてのコーヒーハウスというのは『市民(市民意識)』を生み出して拡散させる場所であり、近代市民社会の模範的な原型を示す社交の場であったが、ここでいう政治主体としての市民には『女性』が含まれていなかった点に注意が必要である。

現代の政治感覚から言えば、フェミニズムの洗礼を受けたヨーロッパ先進国は男女同権が進んだ人権意識の高い国であるが、近代ヨーロッパの大半の国では現在からは想像できないほど男尊女卑の意識が普及していた。17〜20世紀初頭の大英帝国では『男性は仕事と政治・女性は家庭』という性別役割規範の影響力は非常に強かったし、大英帝国の最盛期を実現したヴィクトリア女王でさえも『良妻賢母のモデル』としてのイメージから逸脱することは許されなかった。何より国民統合のシンボリックな存在として、ハノーヴァー朝のヴィクトリア女王(1819-1901)自身が『帝国の母』としての役割を受容し、イギリス王室は『国民が築くべき幸福な家庭のモデル』を国民に分かりやすく提示することが主要な仕事の一つになっていくのである。

当時の世界の形式的な最高権力者であるイギリス女王には、帝国を統治する『パブリックな国王・支配者としての顔』以上に、自分の家族を温かく包容して守る『プライベートな母・妻の顔』を持つことが国民に期待されていた。国家元首が『あるべき家族の姿・男女の性別役割(ジェンダー)』を象徴的に示すという働きは、近代化した日本の皇室が果たしてきた役割とも無関係ではないし、17世紀〜20世紀初頭のイギリスはジェンダー(社会的性差・役割分担)に関しては意外に保守的であり、女性が仕事や政治に積極参加することを好ましく思わない人たちが少なくなかった。イギリスで女性に参政権(選挙権)が与えられたのは1928年であり、大英帝国で植民地となっていたオーストラリアやカナダ、ニュージーランドよりも女性が参政権を獲得した時期が遅かったのである。

コーヒーハウスでコーヒーを飲みながら政治談義や経済取引をするのは基本的に『上流階級・知識階層の成人男性』だけであった、このことが『コーヒーは男性の飲料・コーヒーは非家庭的な政治的飲料』というジェンダーイメージを植え付けることにつながり、女性にコーヒーを飲む習慣が普及することを阻害したのである。女性でも入店できる紅茶を飲むための喫茶店(ティーハウス・ティーガーデン)が登場した文化的インパクトは極めて大きく、『茶の値下がり(関税引き下げ)』によって砂糖の入った甘くて温かい紅茶は労働者階級の必需品にもなっていく。イギリス初のコーヒーハウスは1650年代にオックスフォードに作られ、イギリス初のティーハウス『ゴールデン・ライオンズ』は紅茶製造会社として現代でも有名なトワイニングが1717年に作った。17世紀に急速に増大したコーヒーの消費量を18世紀に茶が追い抜くと、それ以降イギリスは『紅茶の国』としての文化を浸透普及させていくのである。

大英帝国が最盛期に到達する19世紀のヴィクトリア朝時代には、男性的なコーヒーハウス文化は衰退していき、『家族団欒の雰囲気』を象徴する紅茶は国民的飲料の座を確固なものとして形成することになる。男性(夫)・女性(妻)・子どもが一緒の空間で美味しく飲める飲料としての紅茶が英国的な家族道徳と結合した結果とも言えるが、イギリスの明るい家族団欒を演出した紅茶文化の背後には、中国に代わる茶の栽培地・供給地となったインドやスリランカ(セイロン)に対する過酷な統治(植民地人の低賃金の使役・茶のモノカルチャーの強制による飢饉)があったことも忘れてはならないだろう。






■関連URI
中世ヨーロッパの貴族階級の没落とローマ・カトリックの東西分裂

ギリシア神話の『パンドラの箱』と旧約聖書の『創世記』に見るジェンダーのアナロジー(類似性)

政治支配の正統性(レジテマシー)を支えてきた貴種崇拝の原理と『政治とカネ』の問題

古代ギリシアの男性原理に基づく民主主義政治:富国強兵の共同体倫理と女性の参政権

■書籍紹介

茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))
中央公論新社
角山 栄

ユーザレビュー:
“茶”とは何か私たち ...
世界史のダイナミズム ...
日本の「茶道」が世界 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(5件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
高級ホテルのバーで会合を開く麻生首相と庶民感覚からのズレを批判する記者:近代社会の権力観の変容
次期衆院選を控えた自民党の麻生太郎首相と民主党の小沢一郎代表が、景気対策の実施や国民生活の保護を掲げながら『庶民感覚』をアピールしている。しかし、麻生首相が連日のように高級ホテルのバーで会合を持っていることに対して、番記者が『夜の会合が連日で、一晩に何万円もするような高級店に行くのは庶民感覚とかけ離れているのではないか』と批判した。麻生首相は『たくさんの人と会うと言うのは、ホテルのバーっていうのは安全で安いところだという意識が僕にはあります。だけど、ちょっと聞きますけど、例えば安いとこ行っ... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2008/10/24 17:46
コーヒーと紅茶には、カップ一杯には納まりそうにない深い話がある
当時のイギリスのコーヒーハウスは政治的な討議を行う場というだけではなく、世界中の情報(ニュース)が一番早く集まる場所であり、株・商品の取引が行われたり金融機能を果たす場所だったりしたのである。端的に言えば、公共圏としてのコーヒーハウスというのは『市民(市 ...続きを見る
Pieces Of Peace
2008/11/02 11:42
士農工商の身分制度と商業・貨幣蔑視の価値観:中世日本における自由な異界としての“無縁・悪所”
西欧社会と日本社会の歴史を均質的に語ることはできないが、古代社会〜封建社会の支配階級としての貴族・武士は『精神的・観念的な価値』に自らの存在根拠を求めている傾向が強く、『物理的な価値』を生み出す農耕・労働の役割は農民・職人・町人・奴隷などに宛てがわれていた。貴族・武士が自認する精神的価値のエッセンスは『いざという事態に際して、死を恐れずに戦う勇気・覚悟』にあった。武士道とは死ぬことと見つけたりという『葉隠れ』の記述は象徴的なものであるが、武士の切腹・自死の儀礼にも『死を超越した潔さ・決断』... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2009/03/10 18:12
『国家と戦争・権力と自由・集団と個人』の歴史的推移とトマス・ホッブズのリヴァイアサンによる政治秩序
軍国主義や全体主義(ファシズム)という言葉があるように、戦争は『国家(支配階層)』の国民支配や領土・利権への欲求、思想教育の統制(集団主義的な同調圧力)、歴史的な怨恨感情、排他的な民族主義の煽動によって引き起こされると考えられることがある。確かに、個人個人がバラバラで『国家・民族・宗教』に生命を預けるような帰属心(忠誠心)を持たず、国家権力の統制・徴兵に服属しないとすれば、『国家間の戦争・民族集団間の紛争』は原理的に発生することが無いというのは論理的に“真”ではあるが、世界規模で見るとそう... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2009/08/18 04:41
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理2:近代市民社会とマルクスの思想
近代社会の構成員である人間は、互いに武力を用いて争い奪い合うという『暴力の覇権ゲーム』から離脱して、自然権を委譲した政府(国家権力)に自発的服従をするようになるが、それは人間が利得や報酬を奪い合うゲームが『暴力ゲーム(軍事覇権の原理)』から『経済+倫理(人権)ゲーム』へと移行したということも同時に意味した。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2009/09/04 19:27

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コンテンツ&本の紹介

Es Discovery's Encyclopedia(百科事典的なアーカイブ)

ESD ブックストア(インスタントストアで色々なジャンルの本を紹介しています!)

心理学の事典や臨床心理学の概説書

S.フロイトとC.G.ユングの書籍