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zoom RSS 仕事中だけ鬱になるという“新型うつ病”についての雑感2:退却神経症とアパシーを巡る労働意欲の問題

<<   作成日時 : 2008/09/02 14:44   >>

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前回の記事の続きになりますが、職場・仕事・人間関係の精神的ストレスが抑うつ感や意欲減退の原因になっているのであれば、基本的な対策としては『ストレスを消極的に回避する』『ストレスに積極的に対処する』かのどちらかになってきます。精神的ストレスを低減させる本人の否定的認知の修正やコミュニケーション内容の改善と合わせて、周囲の上司や同僚の協力を得ることで、職場への再適応のハードルは下がってくると思います。精神的ストレスや不適応を強める労働環境の要因として『長時間労働・サービス残業・パワーハラスメント・職場の人間関係の悪化』などにも留意する必要があります。

しかし、どうしても自分の体力・精神力に見合った労働時間に短縮できない業種(企業)であったり、どんなに努力して相手に合わせようとしても折り合いの悪い上司だったりするケースでは労働環境の根本的改善は難しくなります。そういったケースでは、最終的に『配置転換・部署変更・辞職&転職・長期休養』といった環境調整的な対処法を取ることも増えてきますが、職場での話し合いや相互理解の努力を上手く進めることができれば、『人間関係の変化』によって症状が段階的に消失していく可能性もあります。

仕事ではやる気や集中力が全く出ないが、趣味や遊びであれば活動的に楽しむことができるという『選択的な意欲減退』は、一義的には『環境不適応(職場不適応)の結果』という風に理解することができますが、そこには厳しい企業生活からの逃避願望や社会的プレッシャーに対する防衛機制といった要素も含まれていると思います。一般的なうつ病では、意欲減退や気分の落ち込みに『場所・相手の選択性』は殆ど見られず、会社でも家庭でも街中でも憂鬱な気分や無気力な感情、希死念慮などが回復することはありません。自分で自分を責める自罰感情や自責感が強いのもうつ病の特徴であり、自分の憂鬱な苦しみや仕事の能率性の低下を『他人・環境』のせいにすることが少なく、周囲に対して迷惑や心配を掛けることを強く恐れます。

『仕事・学業といった本業に対するやる気がでないという心理状態』についてはアパシー(意欲減退症候群)退却神経症といった病理概念で理解することもできますが、笠原嘉(かさはら・よみし)が提起した退却神経症ではその本態を『社会適応上の挫折・社会的責務からの逃避』に置いて脳神経学的なうつ病とは区別しています。うつ病の初期では生理的欲求の低下と睡眠障害が目立ちやすいと書きましたが、退却神経症ではどちらかというと無気力的に現実的な事柄を忘れようとする過眠症状が前景に出てくることが多くなります。職場だけでうつ状態になる“新型うつ病”は、現代における退却神経症とでもいうべきものですが、新型うつ病が増加している背景には産業構造や雇用待遇、労働環境の急速な変化や経済格差の拡大というものも関係しているのではないかと推測されます。

現代の退却神経症やアパシーでは、『本人の心理的要因・ストレス因子』と合わせて『社会構造的・労働環境的な要因』にも着目していく必要があり、『労働意欲の低下・出勤拒否の退却的欲求』を自分を取り巻く人間関係や自分にとっての働く意味といった視点で見つめ直していくことも大切です。新型うつ病と呼ばれる退却神経症が増加した原因として、『労働意欲を低下させやすい不安定な雇用環境』『働く意味や喜びを喪失しやすい社会的状況の変化』というものもありますが、それは笠原嘉が1980年代に指摘した高度経済成長時代の産業社会の要因とはかなり異なってきています。

1980年代には、『終身雇用制・年功序列賃金』といった日本企業の雇用慣行が青年期以降の自己アイデンティティ(社会的アイデンティティ)を固定化して選択の自由を奪い、モラトリアム(職業選択の猶予期間)を短縮することで退却神経症が起こりやすくなるという考え方でした。20〜30代の結婚率が現在より高かったこともあり、学卒後に正社員として就職した自分の『将来の自己像・自分の社会的役割』が余りにも見えやすいために、その限定的な状況から逃避したいという願望が退却神経症の状態を作り出すというわけです。

一方、現在では『終身雇用制・年功序列賃金』が一部の企業・公務員を除いて崩れつつあり、低賃金の非正規雇用者や30代以上の未婚者が1980年代以前よりも大幅に増加したという明白な社会的状況・雇用形態の変化というものがあります。雇用状態の不安定化や賃金水準の低下は労働意欲を引き下げる効果を持ち、アルバイト・派遣労働などで断片化された反復的な単純労働は『働く意味の喪失』を生み出しやすくします。自分の職業・仕事を選ぶための青年期のモラトリアムも長期化しており、『人生における選択の自由・価値観の多様性』が飛躍的に増えた代わりに、何歳になっても固定的な社会的アイデンティティを確立しない(確立できない)人も増えています。『結婚・出産育児』という青年期のライフイベントもかつてほど一般的なものではなくなっており、社会的責務と連動した『大人と子どもの境界線』が曖昧化したことで、扶養家族(配偶者・子ども)を養うという目的意識を持った“労働の規範性”は弱体化の傾向を見せています。

一億総中流と言われた高度成長の時代にも多くの社会格差はありましたが、日本経済が右肩上がりで伸びていたこともあり、『真面目に会社でコツコツ働いていれば、今よりも給与が増えて豊かになれ老後も厚生年金で安心できる』という前提を多くのサラリーマンが信じることが出来ました。この時代の退却神経症は『固定的な社会的アイデンティティや競争環境からの逃避』といった要因が大きかったと推測されますが、家族(子ども)の扶養や大人としての社会的責務など分かりやすい『働く意味』がまだ国民の間に担保されていたと思います。現代の退却神経症では『年功序列賃金の崩壊・将来の不透明性・雇用待遇の格差拡大』といった要因によって労働意欲の低下が『働く意味の喪失』と結びつきやすいところに大きな問題があるように感じます。

向上心や出世昇給・仕事自体の面白さと無縁の職場環境だったり、家族や恋人・友人のいない生活状況だったりする場合には、『働く意味』は必然的に『消費・生存・余暇の充実』ということになってきますが、自分ひとりのために淡々と働く日常に虚しさを感じないためには、何らかの仕事の面白さ(充実感)や生活の中の喜び(幸せ)を発見する必要があります。生きるため(食べるため)に働くというのは仕事の起源ですが、それ以外の仕事の楽しみや社会貢献の実感(分業の有用性の実感)、目的意識(何か・誰かのために働く)が仕事に全く感じられない場合には、強い精神的ストレスがかかると仕事から退却するリスクが高くなってきます。退却神経症には『仕事での挫折感・自尊心の傷つき・対人関係のストレス・労働条件の悪化・労働意欲の低下』など様々な要因が関係していますが、仕事に意味や魅力が感じられず労働意欲が低下すると、それ以外の要因の悪影響を相乗的に受けやすくなり出社拒否症候群的な職場不適応に陥るリスクが高まります。

会社・仕事に行けなくなるという退却神経症のストレス因子としては、『管理社会・競争社会・監視状況』といった産業構造的な要因も働いていますが、毎日規則正しく出勤して決まった仕事をしなければならないという“管理社会”や自分の行動や発言のひとつひとつが会社や上司に見張られているという“監視状況”のストレスに対処するためには、プライベートな時間の充実や管理・監視されていることを普段意識しない自由な自意識の獲得(考え方の転換)がポイントになってきます。退却神経症やスチューデント・アパシーでは『仕事・勉学といった本業(優先的にやるべきこと)からの選択的退却』『趣味・娯楽といった副業(してもしなくても良いこと)への積極的関与』といった対照的な活動性が見られますが、これは“新型うつ病”と呼ばれる症状とも良く似た行動パターンです。

本業(仕事・学業)に対する無為・無気力の原因については、競争社会における劣等感の回避や自尊心(自己愛)の防衛といった要因がまず挙げられますが、『何も行動(選択)しないという無為』によって意図的にモラトリアムを遷延させているといった側面もあります。本業(仕事・学業)には『他者から自己の価値を評価される』といった部分もありますので、本業から退却して趣味に没頭することによって他者からの評価や社会的な位置づけを免れることができ、脱俗的(超越論的)な立場で自尊心や自己肯定感を防衛することもあります。こういった退却的な形態の自我防衛は、自己の特別視や誇大自己的な優越感と結びつきやすいですが、実際的な成果や収入を生み出しにくいので、現実逃避的な防衛に限界がくると深い挫折感や空虚な無力感を抱きやすくなるリスクがあります。

労働意欲の形成因子には大きく分けて『インセンティブ(外部的報酬)・モチベーション(内発的動機づけ)・社会的責任感(規範意識・同調圧力)』の3つがあります。退却神経症や適応障害(職場不適応)に陥らずに長い年月にわたって安定的に働き続けるためには、自罰的・拘束的な“社会的責任感”を余り強く意識し過ぎずに、経済的な豊かさや職業的地位につながる“インセンティブ”と仕事の面白さや遣り甲斐につながる“モチベーション”のバランスを適切に取っていくことが大切です。インセンティブとモチベーションを完全に切り離すことはできませんが、報酬の大小や役職の高低を超えた仕事そのものの魅力や面白さ、他者とのつながりを一つでも発見できれば、つらい時に自分を支える“働く意味”が見えやすくなってくるように思います。






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泉 基樹

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