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help RSS “社会適応”と“個性教育”を目的とする学校教育の問題点1:個性的であることへの欲求と逸脱行動

<<   作成日時 : 2008/09/29 04:21   >>

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現代社会には“普通であること”“特別であること”という二つの価値基準があり、学校教育では規律訓練によって『(個性を抑制した)普通の生徒』へと教育しようとする一方で、長所や利点を伸ばす個性教育によって『個性的な生徒』を生み出そうとする。人間には『無個性な主体として集団に適応したい』という欲求と『個性的な主体として集団の中で目立ちたい』という欲求の相矛盾する二つの自己定義的な欲求があるが、児童期・思春期・青年期の発達過程における『承認・成功』『拒絶・失敗』を通して自分なりの環境適応の方略を定めることになる。

『個性』とは何かという問いに確定的な答えを見出すことは難しい。個性とは『他者とは異なる自分固有の性質・性格・能力・魅力』というような意味であるが、『自己認識による個性』『社会的評価(対人評価)による個性』とでは自ずから個性が指し示す内容が異なってくる。『自己認識による個性』では、自分と他者の人格・人生の必然的な個別性が問題となるので、他人の評価や印象などを考慮する必要はない。他人・社会が自分のことを『無個性で平凡な人間』と思っていようが、自分自身が『自分の人生・人格は自分だけのものである』というアイデンティティを持っていればそれだけで個性的(ユニーク)ということになる。

『自己認識による個性』という観点では、どんな目立たない性格を持っていようがどんなに人並みな生活をしていようがすべての個人はそれぞれが『固有の人生』を歩む個性的存在であるということになる。しかし、一般的に『個性』として認識されるのは『社会的評価(対人評価)による個性』のほうであり、この観点に立つと大部分の人たちはそれほど個性的ではないということになるだろう。『社会的評価(対人評価)による個性』とは、『自己と他者との比較』から見出される差異および優劣によって立ち上がってくるものなので、すべての人間が個性的であるというわけにはいかなくなるし、一般社会において『個性的な人間である人』の比率はかなり低くなる。

その個人と直接の接点がない社会構成員が知っているほどに『個性的な人』となると、著名な芸能人・アーティスト・プロスポーツ選手・政治家・キャスター・作家・学者・有名モデルなどその範囲は極端に狭くなるし、赤の他人から『固有名+職能・属性』で個性や存在を承認されるというのは相当に難しいことである。学校教育では社会適応的な『普通の生徒(個性を抑制して集団に適応する人間)』へと学生を教育しようとするが、生徒それぞれの長所や能力をできるだけ伸ばして『個性的な生徒(個性を開発して職能につなげる人間)』を育てようとする目的も併せ持っている。無論、各学校の校風や理念によって教育目標は異なるだろうが、現代日本では建前的なものであっても『各生徒の個性を伸ばす個性教育』を掲げている学校が相当に多く、画一的に集団の規則に従い決められたことだけを確実にこなす人間を育てるという訓練型の目標を掲げる学校は殆どない。

子ども一人一人の能力や適性を伸ばす個性教育が称揚される一方で、現実の個人の能力と将来の労働環境への適応を直視する立場から『夢・個性を極端に強調する教育の弊害』が説かれることもあり、そういった反個性主義の立場では『子どもの発達段階では個性はない』と主張されることがある。こういった反個性主義の立場では、子どもは自分で自分の能力や適性を的確に認識できないのだから、大人が『個性の主張の大切さ』を子どもに教えすぎると(特別な努力を必要としない)『他者との外見上の差異』ばかりに意識が向かって本業である勉強がおろそかになってしまうというのである。

なるほど、髪を派手な色に染めたり学生服を変形させたり、反社会的な非行・暴走や性的逸脱に走ったりすることも『他の生徒とは異なる自分』を主張する個性的な行動ではあるが、そういった外見的・反社会的な個性は将来性や職能との結びつきが低く、学校集団の秩序を乱す副作用があるので好ましくないという意見はもっともなことではある。学校全体が荒れてしまい生徒の大半がいかにもという風情のヤンキーや不良になってしまえば、初めは個性的であったものが無個性的なものに変質してしまうし、将来的に役に立つ見込みが低かったり長期的に継続しなかったりする個性を伸ばしても本質的な意味はないかもしれない。

もちろん、思春期の一時的な反社会的アイデンティティや非行のエピソード、奇抜な目立つファッションセンスが、その後の芸能活動や作家活動、音楽活動に役立っているというケースも少なからずあるので、こういった個性の主張の仕方が完全に無意味だとは断定できないだろう。しかし、学校教育の運営理念や教育目標を考えると、学校の集団秩序を極端に乱したり、他の生徒の学習機会を奪ったりするタイプの個性を容認する余地は殆どないと言える。校則を破ったり勉強を半ば放棄したりして、奇抜なファッションや派手なヘアスタイルをしたりする思春期の子どもの個性の主張には『他の生徒とは違う特別な存在になりたい』という強い個性化への希求があることは確かであるが、それと同時に、テストの成績や学歴といった『学校教育システムの価値基準』では自分が極めて平均的な存在か平均以下の存在になってしまうのではないかという不安もあるだろう。

過去には、学校教育の問題点として『受験競争の過熱・詰め込み教育(偏差値教育)のやり過ぎ』が批判されて、学習指導要領が見直され子どもの学習負担を減らす『ゆとり教育』が導入された。しかし、このゆとり教育も子どもの学力低下や規範意識の低下を招いたという新たな批判にさらされて、再び学習内容や授業時間を増やすという『ゆとり教育からの方向転換』が行われることになった。

学校教育のもっとも重要な教育目標が『社会適応のための知識教授・学力向上・進学支援』にあると考えるのであればゆとり教育からの方向転換は正しいと言えるが、『学校教育への生徒の適応』という観点から考えると、勉強についていけない生徒や授業に関心を失う学生のフォローというのが大切になってくる。時間を見つけて、個性教育や学歴社会、思春期の精神発達(自己アイデンティティの確立)、近代社会の教育システムについてもう少しこの記事の続きを書きたいと思います。






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タイトル (本文) ブログ名/日時
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