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help リーダーに追加 RSS 秋葉原の無差別殺傷事件から考えたこと3:特別な他者や恋人を求める感情と条件・属性による対人魅力の承認

<<   作成日時 : 2008/06/15 08:16   >>

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6月6日2時55分の加藤容疑者の掲示板の書き込みに『それでも、人が足りないから来いと電話がくる・俺が必要だから、じゃなくて、人が足りないから・誰が行くかよ』とあるように、彼はきつくて給料が安い仕事が嫌というのもあったでしょうが、自分という存在(人格)が道具のように取り扱われる職場環境への不満を鬱積したようにも読み取れます。本当は自分のことなんてどうでもいいくせに、何かに利用しようとする時(相手にとっての利益がある時)だけ自分を呼び出してくるというような対象関係の認知が加藤容疑者の内面に非常に根強くあり、社会生活でも私生活でも『人間の真実味のある感情・友達や恋人のような持続的な関係性(共感性)』が信じられなくなっていたというのはあるでしょう。

その書き込みに続いて同日の3時9分『彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった・希望がある奴にはわかるまい』と書いて、すべての問題の責任を恋人がいないことや希望があるように見える他者への嫉妬に転嫁しています。容疑者はこれ以外にも『恋人がいない、この1点で人生崩壊』など、自分を特別に価値ある存在として承認してくれる『恋人の存在』を非常に重視していますが、このことから分かるのは極度の孤立感の深まりと自己アイデンティティの拡散(生きる意味や働く意味の拡散)です。

容疑者は自分の生活のためだけに一人で働き続けることの意義を見失い、誰かのために働く(他者に自分の存在意義を承認される)という意義を追い求めていたようですが、対人的な劣等コンプレックスと悲観的な対人認知によって、具体的に異性にアプローチして恋愛関係を作り上げる段階にまで踏み込めなかったようです。3時10分には『で、また俺は人のせいにしてると言われるのか・いつも悪いのは全部俺』と書き込んでおり、自己責任と責任転嫁の間を揺れ動く葛藤が感じられますが、最終的には自己責任として自分の人生や人間関係に向き合うことができなくなり、自分の将来に絶望して理不尽な社会憎悪に突き動かされたと推測されます。

児童期に勉強を強制された抑圧的な親子関係についても加藤容疑者は携帯サイトで述懐していますが、両親からの無償の愛情や信頼の気持ちを感じられる経験が少なかったことが『自己信頼感の低さ(対象恒常性の欠如)』につながっている可能性もあります。思春期(高校時代)における学業面での挫折体験が、過去に無理やり勉強してきた苦労が水泡に帰すような体験として受け取られたようにも思います。『努力しても良い結果を得られるわけではない・生得的な素質が無ければ幾ら頑張っても報われない』という方向の自己否定的な認知の原点として、思春期の挫折体験を捉えることもできます。

この悲観的予測をして努力の可能性を無視するという認知傾向は、加藤容疑者の恋愛観・女性観にも反映されていますが、『容姿・学歴・職業・年収における比較優位な属性』があって初めて女性から愛されるという考え方は、一般的な恋愛のあり方(異性との出会い方)からはやや外れています。発達早期や児童期における母子関係を通して『条件付きの承認(愛情)』を与えられ続けると、自分の存在価値が『自分自身の人格そのもの』ではなくて『自分の個々の属性(成果)』にあると考えるようになりやすくなります。

その考えが過剰になると、『他人の期待や要求水準を満たせない自分』は完全に無価値な存在だと認識するようになり、他人(異性)の期待・要求水準を先読みすることで、具体的なアプローチを取る段階まで辿りつけなくなります。発達早期の母性剥奪による『他者に対する基本的信頼感の欠如』が良好な対人関係の構築を困難にした面もありますが、恋愛も含めて就職後の人生全般が上手くいかなかったことによる『フラストレーション(欲求不満)の上昇』『社会的疎外感(孤立感)の強化』が自滅的な悲惨な事件の引き金になったように思います。内面世界に安定した対象恒常性(自己存在を持続的に支えてくれる内的イメージ)が形成されていなかったことで、自己肯定感やフラストレーション耐性が低くなり他者とのコミュニケーションが上手くいかない孤立感が深まりやすくなります。

容疑者は自分の容姿に対する劣等コンプレックスを頻繁にネットに書き込んでいましたが、このコンプレックスによる対異性のコミュニケーションとの距離感は、『特別な優れた成果(成績)』を出さないと他者には認めてもらえないという条件付きの愛情(承認)ともつながっているように感じます。『ありのままの普段の自分は誰にも認めてもらえない・努力して優れた成果を出さなければ他人は自分を見てくれない』という幼少期からの体験の積み重ねや親子関係の原型が、容疑者の自己評価や自己愛の強度に影響している部分もありますが、恋愛関係というのは基本的に他者の中に『(他の人とは共有できないかもしれない)好きな相手の特殊的な価値』を見出そうとする欲求に根ざしています。発達過程の途中から親子関係が急速に希薄化して両親の夫婦仲が悪くなったことも、『安心して帰れる場所(家庭)』が無いという社会的孤立を強めた要因だと思いますが、容疑者が悩んでいた孤独感や絶望感は『対人的・社会的な帰属場所の無さ(自分を必要としてくれる他者や集団の無さ)』と深く結びついています。

加藤容疑者のネット上の書き込みの多くは『彼女がいないことの不満・一人でいることの虚しさ(淋しさ)・派遣会社にリストラされることへの憤慨』を強く訴える内容になっていますが、これらの悩みや不満に共通するのは『他者から自分の存在価値を認められたいという欲求=他人からかけがえのない存在として必要にされたいという欲求』だと言えます。この他者から自分の価値・能力を認められたいという『承認欲求』は人間に普遍的な欲求なのですが、人間の自尊心の多くは『発達過程で形成する対象恒常性・自己肯定感』『個人的・社会的な承認』によって支えられています。

この事件に対しては、格差社会で追い詰められた派遣労働の若年者が経済的・対人的(性愛的・情緒的・家庭的)な存在価値を剥奪されて、『匿名の社会的集合(消費社会的享楽)』を象徴する秋葉原に個人テロリズムを仕掛けたという解釈も出されています。現段階では、雇用・企業収益のパイの絶対量が増えない限り『(非自発的な)非正規雇用・正規雇用の待遇格差』を抜本的に解決する道筋がなかなか見えてこないのですが、『マクロな社会経済的要因』『将来への希望の乏しさの認知(未来の自分の経済生活と人間関係を絶望的に悲観する認知+通常の社会生活適応への意欲の低下)』を政策的・コミュニティ的に改善していくことは、本件と類似した犯行(社会憎悪からくる自暴自棄)を生み出す構造的基盤を解体するためにも重要なことだと思います。

自分の人生の幸福と安心は自助努力で切り開いていくというのが自由民主社会の原則ではありますが、『再起不能なほどの格差(障壁)・平均的な能力者の“現時点からの努力”では挽回できないレベルの過酷な境遇・極端な社会的孤立』は既存社会への心理的親和性や労働のモチベーションを著しく停滞させ、経済階層の分断による共感不全の社会病理を悪化させる危険があります。すべての人が『自助努力・環境的要因(政策・経済要因)・能力的要因の輻輳』によって安定した人格構造(自己信頼感・共感能力)と一定レベルの幸福実感(経済的・対人的な満足)を得ていれば、この種の理不尽な事件は起こらないわけですが……経済的状況の改善はともかくとして恋愛関係・友人関係などの『個人的なプライベート領域における承認不全』というのは社会(政治)・他者が支援するのには限界があるので、『精神的な自己承認(他者からの評価・他者とのつながり)にまつわる孤立状況』というのは経済格差(雇用待遇格差)の対策とは異なる心理教育的あるいは環境調整的な対応が求められるのではないかと思います。






■関連URI
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対象関係論の実践―心理療法に開かれた地平
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個人的・社会的な承認ネットワークから零れ落ちる不安(危険)と自己の人格の尊厳を支える自他の信頼感
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