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気分障害(mood disorder)や感情障害(affective disorder)というと、抑うつ感・気分の落ち込み・意欲の減退・希死念慮などの精神症状が顕著な『単極性のうつ病』をイメージしやすいですが、実際の症例では抑うつ感と軽度な高揚感が交互に生起する『双極性障害(躁鬱病)』が見られることも少なくありません。躁病相とうつ病相が繰り返し出現する躁鬱病というと、統合失調症と並ぶ二大内因性精神病の印象が強く、重症度の高い精神疾患という固定観念があるのですが、軽度の気分の高揚である『軽躁(けいそう)状態』というのは比較的よく見られる症状といえるでしょう。 気分が高ぶって過度に活動的になる同じ躁病エピソード(manic episode)でも、社会的・職業的な適応が著しく困難になり自滅的な判断をしてしまう『重症の躁病』と気分がハイになって行動力が増すがある程度の社会適応性が維持されている『軽症の躁病(軽躁状態)』とは区別すべきです。DSM−Wなどの診断基準では、躁病の重症度や適応性にあまりこだわらずに、軽躁であっても『臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害』があると記載していますが、躁病の重症度によって社会的機能や職業的適応、心理的不快は大きく変わってくると考えられます。軽躁(気分の上昇)と抑うつ感(気分の落ち込み)が繰り返される双極U型障害では、自分が精神疾患であるというような自覚症状が乏しく、日常生活や対人関係にも特別な不都合を感じていない人も含まれています。しかし、普段は人並み以上にエネルギッシュに活動している軽躁病の人でも、うつ病相の各種症状や睡眠障害・摂食障害が重くなってくると、『自分はうつ病ではないだろうか?』という不安を感じ始めて病気の発見に至ることがあります。 軽躁状態と抑うつ感の見られる『双極性障害U型(双極U型障害)』の社会適応性の高低は非常に個人差が大きくなっています。軽躁による自己効力感の上昇や行動意欲の増進を利用して会社生活や芸術活動に適応している人がいる一方で、『抑うつ感と高揚感の不快な波』に上手く対応できずに社会参加(職業活動)が阻害されている人もいます。軽躁状態を上手く利用して気分の波に乗りながら、職業生活のパフォーマンスや対人コミュニケーションへの活力を高めている人の場合でも、『軽躁の病識(自覚症状)』はないことが多く、『軽躁による爽快感(興奮)』よりも『うつ病による停滞感(無気力)』のほうに意識が向きやすくなっています。その結果として、気分が落ち込んでやる気が出なくなった時に自分を単極性のうつ病であると思い込むことが多いようです。 その場合には、『調子が良い時』と『調子が悪い時』の変化の波を自己認識することが出来ず、『調子が良い時=いつもの健康な自分・当たり前のあるべき自分』と考えているので、精神科医や心理臨床家に自分の症状を説明する時にも、『気分が落ち込んで何もやる気がでない・憂鬱感が強くて仕事に集中できない』などのうつ病の症状しか話さないということになってきます。『躁病相』と『うつ病相』の症状(エピソード)がはっきりと区別されていて躁とうつの周期性が見られる『双極性障害T型(双極T型障害)』では、気分が高揚して誇大妄想的な爽快感のある『躁病エピソード』に自覚的なことが多くなります。典型的な躁鬱病である双極T型障害では、精神病圏の人格特徴の変性や社会適応力の極端な低下が顕著に見られ、気分や体調の急激な変化による苦しみが強まりやすくなります。一方、軽躁とうつを繰り返す双極U型障害では、本人にも医師・カウンセラーにも『軽躁エピソード』の存在を見落としやすいという問題があり、軽躁から波及する逸脱行動や依存症(嗜癖)、軽率な職業上の判断、対人関係のトラブルなどに適切に対処できないことがあります。 つまり、単極性のうつ病とだけ思い込んで薬物療法やカウンセリングを継続していると、うつ病の精神運動抑制(行動意欲や思考能力の制止)から外れた『軽躁状態の行動力や活発性』に翻弄されてしまうことがあるわけです。薬物療法の観点からの問題としては、うつ病症状を治療する抗うつ薬(SSRI・SNRI)だけの投与では双極性障害の改善を十分に果たすことができず、『抑うつ感の緩和→躁転によるハイな気分→抑うつ感の再発』という症状の周期性を強めることがあります。双極性障害の標準療法では、リーマス(炭酸リチウム)やテグレトール(カルバマゼピン)などの気分安定薬を主軸に用いて、抑うつ感や気力の低下などうつ病相の症状に合わせて抗うつ薬を組み合わせていきますので、軽躁状態のあるうつ病と単極のうつ病とでは医学的な治療方針も変わってくることになります。双極T型障害と双極U型障害の症状を区別することはそれほど困難ではありませんが、T型とU型の中間領域には段階的な躁病エピソードがあると仮定することができ、その場合には双極性障害の連続性・階層性を指して『双極性スペクトラム』と呼ぶことがあります。 うつ病の診断治療を長期にわたって受けている人で、調子が良くて物事がスムーズにこなせる時と調子が悪くて何も手につかない時の落差が大きいと感じた時には、『軽躁状態の可能性』を視野に入れて精神科医や専門家に相談してみると良いと思います。実際問題として、『うつ病の軽快期』と『双極U型障害の軽躁エピソード』の鑑別診断というのは難しいのですが、『短期的な調子の良さ・じっとしていられない気分の高揚・何か大きなことが出来るという全能感・特定の対象への興味や喜びの急速な回復』などを軽躁エピソードの目安として考えることができます。気分がぐいっと持ち上がって『自分はもう回復したから大丈夫・これからは思い通りに行動や考え事ができる』と思った数日後に、何となく気分が沈んできて元の抑うつ状態に逆戻りしてしまうというような『循環性・周期性』も双極U型障害の一つの特徴といえますので、気分の調子の波や自己効力感の変化などに少し意識的になってみるのも良いことでしょう。 精神医学的な診断項目では双極性障害のT型(躁病とうつ病)とU型(軽い躁症状とうつ病)を分類していますが、APA(アメリカ精神医学会)が編纂する精神障害の標準的な診断基準となっているDSM‐Wでは、双極性障害(Bipolar Disorder)以外にも、軽躁病エピソードと躁病エピソード、混合性エピソードの基準を定義しています。ここでは、双極U型障害と軽躁病エピソードの診断基準を示しておきますが、DSMでは軽躁病(最低4日の躁の持続)と躁病(最低1週間の躁の持続)の違いは『躁病エピソードの期間(量)』と『症状の重症度(社会的機能の障害と入院治療の必要)』になっています。また、2年間以上にわたって慢性的に経過する軽症のうつ病を『気分変調性障害(dysthymic disorder)』というように、2年間以上継続する軽度の慢性双極性障害を『気分循環性障害(cyclothymic disorder)』といいます。
■関連URL 精神分析とうつ病・大人の無意識的願望と子どもの憂鬱感 日常生活におけるうつ病の徴候の発見:義務(仕事)と欲求(趣味)を切り分けるストレス対処 心身症的な仮面うつ病とうつ病に罹りやすい性格傾向 “抑うつ的な希死念慮”を構成する心理的要素が“強迫的な焦燥感・責任感”と結びつく危険性 ■書籍紹介 双極性障害の治療スタンダード
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双極性障害(躁鬱病)の“T型・U型”の分類と“軽躁エピソード”が持つ幾つかの問題点:2
前回の記事の続きになりますが、単極性のうつ病や双極T型障害と違って双極U型障害は、ある意味で活動と静止のバランスが取れた精神疾患であり、軽躁状態をどのように使うのかによって『行動性・衝動性・感情制御の問題の深刻度と性質』が変わってきます。また、躁病エピソードと比較して軽躁エピソードの場合には、『社会的な生産性・発想面の創造性・職業的な適応性』などが残存していることが多いので、双極性障害そのものの存在が見過ごされやすくなります。クライアントが周囲から社会的に有能でエネルギッシュな人物として評... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/09/13 00:11 |
仕事中だけ鬱になるという“新型うつ病”についての雑感1:一般的なうつ病とストレス反応の異同
8月初めに仕事中だけに抑うつ感や無気力などうつ病の精神症状が出て、帰宅後や休日には活発に行動できるようになるという“新型うつ病(メディアの通称)”が話題になっていましたが、精神的ストレスの強い状況や活動だけに反応して精神症状が発症するというストレス反応性障害は何十年も前からあります。重症度の高い精神病である“うつ病(気分障害)”という疾病概念を、広範囲の抑うつ状態・無気力感に安易に用いることには賛成できませんが、新型うつ病といった曖昧な認識を持ち込むことで、本来のうつ病患者ではない人(セロ... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/09/01 05:46 |
新型うつ病の“選択的なストレス反応”と“仕事上の適応困難”3:仕事のストレス増大要因の考察
新型うつ病はある意味では『ストレス環境(主に労働環境)への適応問題』へとシンプルに還元することが可能な病気なのですが、それはそれだけ現代の先進国に見られる豊かな社会が『仕事(労働)・お金の問題以外のストレス』から解放されている証拠でもあるように思います。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/11/28 18:17 |
新型うつ病の“選択的なストレス反応”と先進国に共通する“労働・仕事の不適応問題”の時代的要因:6
新型うつ病(非定型うつ病)では、自分が好きなことやストレスのない活動をしている時にはうつ病の心身症状が出なくて、自分の嫌なことやストレスの多い仕事をしている時に症状が出やすいという特徴がありますが、このことはアパシーシンドロームや退却神経症の問題とも重なっています。そして、新型うつ病やアパシーシンドローム(意欲減退症候群)をはじめとする『選択的なストレス反応・本業に対する不適応感覚』の問題は、労働・仕事のストレスや困難に対する適応能力あるいは適応意志の低下という問題につながっています。 ... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/12/02 14:20 |
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