|
心理学に科学的な研究手法を取り入れた実験心理学は、1879年にドイツのライプチヒ大学に心理学実験室を開設したウィルヘルム・ヴント(Wilhelm Max Wundt, 1832-1920)によって確立されました。イギリス経験論の連合主義の影響を受けていたヴントは、人間の精神構造が要素に還元できるという要素主義の立場にたち、自分の心の内容・変化を内省的に観察しようとする内観法を用いました。ヴントの要素主義は後に、弟子のティチナー(E.B.Titchener, 1867〜1927)に構成主義(constructivism)として受け継がれますが、構成主義とは基本的に人間の意識内容が複数の要素によって成り立つという考え方を指すので、連合主義・要素主義・構成主義の人間観を厳密に区別することは困難です。 ヴントやフェヒナーの構想した科学的研究方法は、『感覚・知覚・反射』といった比較的単純な心的過程に応用され、精神現象(心的過程)の自然科学的な一般法則化に貢献しました。心理学実験室において実験条件や統制条件を設定して、統制された環境下で人間の心的過程や行動変化を観察して記録したり被検者に言語報告を求めるのが実験心理学ですが、『鉄と真鍮の心理学』と渾名された実験心理学の誕生は、心理学に科学的客観性を求める研究者に大いに歓迎されました。 ある研究方法(仮説理論)が科学であるか科学でないかは学問の価値そのものを左右しませんが、一般的に「科学的根拠のある理論」は「科学的根拠のない理論」よりも予測可能性と技術的応用性(実生活への有益性)が高いと判断される傾向があります。その為、脳科学(神経科学)や医学(生理学)とリンクできるような『客観科学としての心理学』に高い価値や権威性を見出す研究者(一般の人々)は多いですし、臨床心理学でも検証不可能(観察不能)な概念や思弁的な理論体系を極力持ち込むべきではないというエビデンス志向の意見があります。しかし、対人的要素の多い臨床心理学では、クライエントの内観的な言語報告や臨床家の主観的な傾聴態度に頼らざるを得ない部分があるので、研究方法の全体を客観科学的に統制することは出来ません。 思弁的な哲学から経験的な心理学を分離しようとしたウィルヘルム・ヴントの実験心理学は主観的な意識経験(直接経験)を取り扱ったので、客観的な心理現象(感覚・知覚の変化)を対象にしたフェヒナーの精神物理学と比較すると科学的実証性の上では劣ります。自然科学をモデルとして重さの弁別閾を一般法則化(数量的な関数表記)したG.フェヒナー(G.Fechner, 1801-1887)とE.H.ヴェーバー(1795-1878)は、「主観的な意識経験」を排した科学的心理学を志向しましたが、この実験的方法は「思考・感情・認知・態度・性格(人格)」といった内面的な心理経験(心的過程)には応用することが出来ません。 身体的な生理機能と結びついた『感覚・知覚・反射』であれば認知科学的な研究が可能ですし、脳機能局在論に合致する特定領域の精神機能(失語症・情動麻痺・相貌失認・記憶障害など器質的精神障害)であれば脳科学(脳生理学)を踏まえた神経心理学的な研究が可能ですが、人間の心理や行動を実験的研究によって一般法則化することには一定の限界があります。自然科学的な研究法や世界観が適用しやすい心理学分野は「精神の要素(部分)を分析的に取り扱う分野」であり、適用が難しい分野は「人格(意識)の全体性を取り扱う分野」です。 特に、『人間関係(対人スキル)・社会活動(社会技能)・学習能力(知的能力)』が複雑に関与する性格心理学(パーソナリティ心理学)の分野では、社会文化的な要因や環境適応的な評価、精神的ストレスの影響などを織り込んで性格分類(性格特性・性格判断)を考えなければならないので統制された条件下で科学的研究を行うことが難しいといえます。 性格心理学の理論には大きく分けて『類型論(タイプ論)』と『特性論』がありますが、類型論と特性論の特徴と差異については『客観的分析を志向したキャッテルの特性因子論:量的な性格理解の有効性とその限界』で詳述しました。科学的な思考方法との関連で言えば、臨床経験(行動観察)から得られた理論によって性格を分類する『類型論(タイプ論)』は仮説演繹的(演繹法)な傾向をもっています。それに対して、性格の構成要素を分析して組み合わせる『特性論』は帰納推測的(帰納法)な傾向を持っています。 ■関連URL ユングの『外向性・内向性』の区分と精神的危機へ対処しやすい性格類型 心理検査(心理テスト)の前提にある人間観1:統計的な信頼性と妥当性を重視する心理測定論 心理検査(心理テスト)の前提にある人間観2:個人に固有のパーソナリティの総合的・歴史的理解 ■書籍紹介 グラフィック性格心理学
|
| << 前記事(2007/05/06) | ブログのトップへ | 後記事(2007/05/09) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
性格心理学の類型論(タイプ論):C.G.ユング、クレッチマー、シェルドン、シュプランガーの仮説理論
その人を特徴づける持続的で一貫性のある行動・感情・認知・人間関係のパターンで幾つかのタイプ(性格類型)に分類した仮説が『類型論(タイプ論)』ですが、類型論による性格心理学の起源は、古代ギリシアの時代に遡ります。医聖ヒポクラテス(B.C.468〜377)が考案した四大体液説(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)と古代ローマの医学者ガレノス(A.D.131-199)が提示した体液理論(体液病理学:humoral pathology)に類型論の原初形態があると言われます。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/05/09 01:57 |
遺伝要因と環境要因によって形成される人間の性格傾向:性格理解のための『類型論』と『特性論』
人間の『性格(character)』は生得的な遺伝・気質を基盤にしながら、後天的な各種の経験と認知変容を積み重ねることによって段階的に形成されていき、成人期に至るまでに大まかな『個性の傾向』としての性格が他者に認識されるようになる。人間の『精神の発達段階』と『性格特性の発現』にも密接な相関があり、精神発達過程の各段階で『適切な刺激・自他尊重の体験』を得ることでバランスの取れた適応能力の高い性格が形成されやすくなる。反対に、精神発達過程において自己嫌悪や他者不信、無力感、攻撃性(過剰防衛)を... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/12/28 07:14 |
自分の感情を認識するための自己知覚・原因帰属1:認知的不協和の動機づけと情動の中枢神経説
前回の記事では、スペリーとガザニガらの分割脳実験と右脳(非言語性半球)の潜在的認知プロセスを参考にして、自分自身でも知ることのできない『自分の心理状態・行動の原因』について考えてみました。古代ギリシアのデルフォイのアポロン神殿には『汝自身を知れ』というスローガンが掲げられていたと言いますが、哲学史・宗教史では『主客問題・自我・実存主義・内観と瞑想・帰依と祈り・神との対話・個人主義・共同体主義』などのコンセプト(テーマ)や実践を通して自己を知ろうとしたものの、自己の理解は思弁的あるいは物語的... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/02/16 06:36 |
| << 前記事(2007/05/06) | ブログのトップへ | 後記事(2007/05/09) >> |