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ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの「禿鷹空想」の記事で書いたように、同性愛を幼少期の自分自身に向けられたリビドー(性的欲動)として解釈し、同性愛は自己愛(ナルシシズム)の変形であると考えたフロイトは、二人の母親の存在を意識したダ・ヴィンチの不安定な家族関係と口愛期(乳児期)の欲求不満が彼の同性愛傾向を導いたとしました。実際、フィレンツェ時代のレオナルド・ダ・ヴィンチは、17歳のヤコポ・サルタレリ (Jacopo Saltarelli)という男娼と同性愛関係を持ったとして匿名者からの告発を受けていますが、古代ギリシア文化を復興させようとするルネサンス期には、反キリスト教的な同性愛が一部の知識人・芸術家の間で流行したようです。 レオナルド・ダ・ヴィンチが性的嗜好としての同性愛を長期にわたって持ち続けたのかどうか、女性よりも男性を性的対象として好んでいたのかどうかということについて確証の得られる根拠はありませんが、サライ(ジャコモ)という美青年の弟子を厚遇したり幾度か同性愛者として教会への告発を受けたりしたことから、若くて美しい美青年(美少年)の身体性に、芸術的な美や性的な興奮を感じる感受性のようなものをダ・ヴィンチがもっていた可能性は高いといえるでしょう。但し、レオナルド・ダ・ヴィンチの伝記を書いたロバート・ペインは、男性だけでなく女性に対する性的欲求も持っていたこと(女性の娼婦との関係)を記しており、ダ・ヴィンチは先天的な同性愛者ではなく後天的に同性愛のセクシャリティを得たバイセクシャルであったと見ています。 フロイトは、ダ・ヴィンチの『禿鷹空想』に、口愛期へのリビドー固着(発達停止)と無意識的な母親の願望を見て取り、『三人づれの聖アンナ(聖アンナと聖母子と小羊)』の聖アンナの衣服に禿鷹の輪郭を見て、二人の母親(実親と養親の母親)に対する口愛的な欲求充足の不足から将来の同性愛傾向を予見しました。ダ・ヴィンチの最も有名な代表作である『モナ・リザ』のモデルが誰であるのかについて諸説ありますが、ミラノ公の公妃イサベラ・ダラゴーナであるとする説を採用すると、『モナ・リザ』の肖像には父親のいないシングルマザーであった実母カタリーナが投影されている可能性が高いと解釈できます。
『モナ・リザ』のモデルと目されている女性の一人、ミラノ公妃イサベラ・ダラゴーナは、夫のミラノ公を殺害され子供を敵国の人質に取られる不幸に見舞われた寡婦でした。実母のカタリーナから十分な愛情を注がれる前に別れさせられたレオナルド・ダ・ヴィンチは、夫を裕福な家柄の女性アルビエラに奪われた実母の悲哀と苦境を、ミラノ公妃イサベラに投影したのです。この解釈を採用するならば『モナ・リザ』は、ミラノ公妃をモデルにしたと同時に、実母カタリーナの心情をモデルにして描かれた絵画だということになります。この文脈で考えるとモナ・リザの微笑は、実母カタリーナの憂愁と悲哀、官能(エディプス葛藤)をたたえた微笑みであり、『包み込む慈愛の母性・呑み込む脅威の母性・拒絶する冷淡な母性』のアンビバレンス(両価性)を孕んだ微笑みであると解釈することができます。 『三人づれの聖アンナ』の絵でも実母カタリーナと養母アルビエラの二人が、それぞれ聖マリアと聖アンナに投影されていると解釈しているように、フロイトはダ・ヴィンチの発達早期の母子関係が後年の彼に与えた影響を重視しています。ダ・ヴィンチの芸術・技術・学問に対する圧倒的な才能と意欲は、幼少期に抑圧された激しい口愛的な欲求が昇華(sublimation)されたものであり、二人の母親をもつダ・ヴィンチの葛藤と抑圧は、同性愛傾向を生み出し『両性具有(アンドロギュヌス)への憧憬』を強めました。 レオナルド・ダ・ヴィンチは1519年にフランスのクルー城で最期の時を迎えますが、『フィレンツェの婦人像(モナ・リザ)』『三人づれの聖アンナ』『聖ヨハネ(洗礼者ヨハネ)』という3枚の絵は死ぬ時まで部屋の中に置いていたといわれます。『モナ・リザ』と『三人づれの聖アンナ』の精神分析的解釈については上部で述べてきたので、『聖ヨハネ』についての解釈を簡単にします。『聖ヨハネ』は、『バッカス』と並んでダ・ヴィンチの同性愛傾向を、アンドロギュヌス(両性具有)をイメージさせる中性的な人物を用いて表現した絵だと言われます。男性であるにも関わらず、女性らしいしなやかな肢体と優美で妖艶な笑顔をもつ『聖ヨハネ』は、当時のキリスト教倫理(同性愛禁忌)を打ち破る異様な官能性と恍惚感を感じさせる絵でした。 男性的な身体特性と女性的な身体特性の両方を併せ持ったアンドロギュヌスは、『全知全能の母(ペニスをもった母)』という母権宗教的な幻想の源泉であり、フロイトの精神分析では、ダ・ヴィンチは未婚の母親から生まれた自分を、処女懐胎によって生まれたイエス・キリストになぞらえたとしています。聖母マリアの処女懐胎とダ・ヴィンチの無意識を結びつけるものは上記した『禿鷹空想』であり、禿鷹の生態や生殖の摂理が明らかにされていない中世の時代には、禿鷹はメスのみで子供を産むと信じられていたのです。 レオナルド・ダ・ヴィンチは、発達早期をシングルマザーである実母カタリーナの元で過ごし、父親不在(エディプスコンプレックス不在)の家庭において『全能の母』と自分を同一化させる投影同一視を体験しました。フロイトの『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出(1910)』で示されているダ・ヴィンチの同性愛に関する仮説は「投影同一視に基づく心因論」ですが、現在の精神医学では同性愛の原因として、心理的原因(環境要因)よりも生物学的原因(遺伝的要因・男性ホルモンの被曝量の不足・内分泌系の障害など)のほうに注目が向けられています。 フロイトは、ヨハン・ヤコブ・バッハオーフェンの『母権論』に示された社会の発達段階と同じように、父権制社会を母権制社会よりも進歩した理性的な社会であると認識していました。そのため、エディプスコンプレックスを中核とするフロイトの精神分析理論の体系は、古代ギリシア・ローマ・キリスト文明以降の『男性原理に基づく世界観(宗教観)』に依拠しています。 古代エジプト文明やアニミズムの宗教に一部見られるような『女性原理に基づく世界観(宗教観)』は、『アンドロギュヌス(両性具有)的な全能の母』との幻想的な一体感に耽溺しようとするものです。フロイトは、自他未分離な幻想に人間を包み込む『全能の母(呑み込む母)』を破壊する『去勢不安をもたらす父』によって、『善悪を分別する社会性(超自我)を持つ個』が確立すると考えていました。そのため、母性原理を象徴するユングのグレートマザーのような元型概念を精神分析理論に導入することを拒み、発達早期の母子関係よりもその母子関係を切断するエディプス葛藤(エディプス・コンプレックス)を重視しました。 ■書籍紹介 図説 名画の歴史―鑑賞と理解完全ガイド
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“主観的な幸福感”を重視するスピリチュアルな世界観と“客観的な根拠”を重視する科学的な世界観:1
テレビで放送されている江原啓之氏のスピリチュアル番組がBPO(放送倫理・番組向上機構)からの倫理的勧告を受けたようだが、時にカウンセリングとも結び付けて語られるスピリチュアルとは何なのかを現代社会のアノミー(中心的価値観の衰退)と結びつけて考えてみたいと思う。スピリチュアルに対する倫理的批判や科学的検証などは意図せずに書くつもりだが、スピリチュアルというのは基本的に『自分の人生にとって意味のある想像的な物語(霊的世界の前提)を受け容れるか否か』という信仰に近い問題である。ただし、教義に基づ... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/01/30 00:16 |
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