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前回の記事では、地域社会のコミュニティの衰退と児童虐待の問題について書きましたが、家庭内問題としてのDV(Domestic Violence)や親密な関係にあるパートナーとの間で起こる恋人間暴力について補足しておきます。通常、DVには配偶者ではない恋人(パートナー)からの暴力も含みますが、配偶者間や恋人間の感情的なトラブル(別離・結婚・金銭・浮気などを巡るトラブル)が元となって、室内や車内で相手に激しい暴力を振るうという事件は毎年頻繁に起こります。こういった親密な人間関係の中で突発的に起こる事件(心理的問題)は、事前の調査や支援、対処が難しい問題であり、加害者である配偶者(恋人)を擁護する感情的配慮も働きやすいので、年間に何件のDV(パートナー間暴力)が発生しているのかを知る正確な統計調査もないのが実情です。 厳密な定義ではDVには、殴ったり蹴ったりする「身体的暴力」だけではなくて、相手の人格を否定して侮辱する発言などの「精神的虐待」、相手の意志を無視して性的行為を強制する「性的暴力」、相手のプライバシーや行動の自由を奪ってつきまとう「ストーカー行為」なども含まれます。その為、年間に相当な件数のDVが起きていて、被害者はそのまま我慢し続けているか、自分がDVの被害者であることを意識的あるいは無意識的に認知していないと考えられます。 二人の同意があって交際(結婚)している相手から振るわれる身体的暴力(性的暴力)や精神的虐待(ストーカー)の場合には、『痴話喧嘩』や『二人(夫婦)で解決すべき問題』という見方をされやすいので、DV(配偶者間暴力・恋人間暴力)に対して効果的な対応をするのは非常に困難なのが現実です。最近では、配偶者(恋人)から同意のない性行為を強制される配偶者間レイプやデートDVなどの問題も取り上げられていますが、日本ではまだ『夫婦間(恋人間)の性行為をある種の当然の義務』とする考え方が根強く、夫婦(カップルの男女)を一人の独立した人間として尊重しようという意見は一般的ではありませんから、夫婦間(カップル間)の性行為に『暴力性・虐待性の問題』が起こり得ることを認めない人もいます。 また、本人に性的欲求があるのに配偶者が応じてくれない『セックスレスの問題』と、本人が性行為をしたくないと主張しているのに無理やりに付き合わされる『配偶者間(恋人間)レイプの問題』を混同して、『そんなにご主人が愛してくれるなんて幸せ者じゃない。結婚して時間が経てば(子どもが出来れば)妻に女としての興味を失う夫も多いのに。』というような皮肉めいた不本意な言葉を返されて更に傷つけられる場合もあります。今の日本でも、夫婦やカップルを密接不可分な『心理的・性的・経済的ユニット(組み合わせ)』と認識するフレーム(枠組み)を持っている人は少なくありませんから、配偶者間レイプ(デートレイプ)などの被害者は他人に相談したために『二重の精神的苦痛(相手の行動の正当化や自分の落ち度の指摘による苦痛・悲しみ)』を強いられるケースも少なくありません。 そんな被害に遭わないように、事前に相手の性格や価値観、危険な執着心をしっかりと理解してから付き合えば良いという意見も確かにありますが、『相手の性格・行動・価値観に対する評価』は状況の変化や時間の経過、自分の経験などによって変わってきますから、「付き合う時点での良い評価」がそのまま継続的に良い評価であり続ける保証というのはありません。また、付き合う前の段階では『自分の好ましい特性』しか相手に見せない人も多いでしょうし、『利己的な執着心』もお互いの好意が釣り合っている時点では『相手への愛情の深さ』として肯定的に認知されることが多いものです。 ただ、『恋愛関係(男女関係)の解消』と『別れる相手への憎悪(怒り)』をダイレクトに結び付けている人、『もし、あなた(お前)が別れるなんて言ったら、自分は何をするか分からない(相手を殺すかもしれないし、当てつけで自殺するかもしれない)』というような執着心を覗かせる人が相手の場合には、大きなトラブルを起こさずに別れられる可能性が低いので注意が必要でしょう。こういった傷害事件や自傷行為(自殺企図)の問題に発展し得る恋愛関係(異性との別離)のトラブルは、アダルトチルドレンや共依存(co-dependency)、クラスターBの人格障害(境界性・自己愛性・演技性・反社会性の人格障害)の問題と深く関係しているケースが多く見られます。 付き合っている相手の危険な執着心や暴力行為のリスクの有無を判断する基準としては、以下のような項目を考えることができます。しかし、自己犠牲的な献身と欠点(感情的な弱さ)のある相手からの依存に自己の存在意義を見出す共依存(co-dependency)のケースでは、見捨てられ不安の強さによって『過剰な執着心を持つ相手(自分にしがみついて離れない相手)』を敢えて選択することが多くなります。自己評価の低さと自己嫌悪の感情によって『自分を傷つける相手(無価値な自分を罰する相手)』との付き合いを断ち切れない場合も多くあり、基本的に境界性人格障害(ボーダーライン)と共依存はオーバーラップするので、『自他の境界線が明瞭な自立的な異性(それぞれのプライベートな時間と行動を重視する異性)』には魅力を感じないことが多いようです。
全くの赤の他人から殴られたり殺されたりする事件と比較しても、配偶者・恋人・家族(子ども)などから暴力・虐待・殺傷を受けるリスクは高くなっています。配偶者・恋人の選択を適切に行うということも大切ですが、自分がお互いに傷つけあって問題状況を悪化させる共依存的な関係に嵌まり込んでいると気づいたら、配偶者暴力相談支援センターやDV被害者のシェルター(一時避難所)などを活用して自分の生命と身体の安全をまず確保しなければなりません。直接的な暴力からの身体の安全を確保した上で、パートナー選択の基準やコミュニケーションの相互作用のあり方を冷静に見直していき、今まで付き合っていたパートナーとの関係が自分にとってどういった意味(価値)を持っていたのかを適確に見極めていくべきです。 DVや共依存の問題は、精神発達(成育環境における心理的経験)や性格形成(他者への共感性と自己評価の調整)、社会的スキル(社会適応能力につながる資源)、コミュニケーションのパターンの観点から考えることが出来ますが、否定的な自己認知と依存的な性格傾向(過去の家族関係からの影響)が関与しているので、現在付き合っている相手との関係を解消しても、再び同じような暴力を振るうパートナーと付き合うリスクは低くありません。 その本質的な解決には、自己評価(自尊心)の向上や過去の心的外傷(トラウマ)の治療、自己アイデンティティの再構築が関係してくるので、自分自身の存在価値や社会的な適応性(有能性)を低く評価する傾向から抜け出すこと、そして、人間関係と生活経験の幅を広げていき「お互いを尊重し合う関係性(コミュニケーション)」を実感することが大切になってきます。共依存から生み出されるDVの場合には、アルコール・薬物・ギャンブル・人間関係への嗜癖問題(依存症)と重複することが多いのですが、そういった自己破滅的な嗜癖のトラブルに周囲にいる他者を巻き込んでいくという特徴も持っています。 また、DVに対する心理療法(心理教育)やカウンセリングは、DVの被害者だけでなく加害者にも積極的に適応することができるものなので、配偶者・恋人に暴力を振るわずにはいられない感情制御(衝動制御)が苦手な人には、相互尊重的な異性関係(パートナーの自由や権利の尊重)へとつなげる認知行動療法的な対処が有効です。カウンセリング技法による情動のコントロールや適応的な対人関係について興味のある方は、『カウンセリングにおける情動の制御困難と過剰抑圧の問題』の記事を参照してみてください。 ■関連URL 『自分(親)の為の子作り』と『子どもの為の子作り』:少産少死の現代社会における親子関係と社会道徳 『家族システムの機能的な正常化』と『家族間の相補的なコミュニケーション』を志向する家族療法 ■書籍紹介 DVと虐待―「家族の暴力」に援助者ができること
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個人主義的なプライバシーの尊重と結婚制度を巡る認識の多様化:コミュニティの社会的圧力の観点から
過去の記事では、現代社会で子どもを持つことの責任や意義について触れましたが、現代社会では『育児の喜び・育児の負担・家庭(夫婦)の安定・経済生活の安定』のバランスが崩れているところに種々の問題が起こってきている印象があります。未婚化・晩婚化・核家族化が進み子どもを産み育てることが必ずしも標準的な人生の課題でなくなりつつある社会では、子どもの出産・育児に対する責任を地域社会や親族・友人で緩やかに分有することが困難になります。大多数の人が近い将来に出産・育児をすることが確実であれば、『相互的依存... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/06/04 04:24 |
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