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help リーダーに追加 RSS ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの『禿鷹空想』と同性愛気質の精神分析的解釈

<<   作成日時 : 2007/04/29 16:05   >>

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過去の記事で、シグムンド・フロイトが想像的に行ったレオナルド・ダ・ヴィンチの幼児期の精神分析に言及しましたが、その精神分析は『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出(1910)』という論文に記載されています。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、多くの優れた芸術家・文学者・技術者を生み出したイタリア・ルネサンスの盛期において、ミケランジェロ(1475-1564)やラファエロ・サンティと双璧を為す最高の天才と言われる人物です。

ミケランジェロの最高傑作は、システィーナ礼拝堂を色彩豊かに飾る広壮な天上画であり、サン・ピエトロ大聖堂のピエタ像やフィレンツェのダヴィデ像も歴史的な作品として有名です。ミケランジェロは万能人であったレオナルド・ダ・ヴィンチと比較すると、彫刻や絵画という造形美術の分野で驚異的な才能を示しました。レオナルド・ダ・ヴィンチは『最後の晩餐』『モナ・リザ』という誰もが知っている歴史的名作を制作しましたが、絵画・彫刻の芸術分野だけでなく建設・土木・工学・科学といった技術分野でも当時としては類例のない異才を発揮しました。

古代ギリシアやローマの古典文化を復興しようとするルネサンス(文芸復興)期にその才能を遺憾なく発揮したレオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術・技術・学問のあらゆる分野を完全に網羅する万能人を目指しましたが、逆に言えば、特定の分野に全ての情熱と能力を傾けることができなかったために、学芸の諸分野において未完の作品・論考・アイデアを数多く残す結果となりました。レオナルド・ダ・ヴィンチは無尽蔵の知的好奇心と完全主義の欲求を活かして、学芸の広範な分野において『未来を予見する研究・制作・発想』を行いました。しかし、作品の計画や技術的なアイデアが余りに壮大であり、時代の産業技術が追いつかないほどに先進的であったため、その多くを完成(実現)に導くことができなかったと言われます。

S.フロイトは古代エジプトの歴史や考古学研究に深い関心を寄せており、フロイトの診療室にはスフィンクスやアブ・シンベル神殿の絵が掛けられ、デスクの上にはエジプトの神々の小さな立像(彫刻)が無数に置かれていたといいます。フロイトは、エジプトの禿鷹の女神ムトとレオナルド・ダ・ヴィンチが幼少期から持っていた『禿鷹空想』の連想から、ダ・ヴィンチの同性愛気質を指摘して『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出(1910)』の論考を書き上げました。

ダ・ヴィンチは、父親と結婚していなかった実母カタリーナの私生児として5歳まで育てられましたが、『揺り籠の中にいる自分(赤ちゃん)の元に一匹の禿鷹(はげたか)が舞い降りてきて、その尾で口を開いて何度も唇を突っついた』という幼児期記憶をもっていました。フロイトはこの幼児期記憶を客観的な現実ではなく、ダ・ヴィンチの無意識的な願望(口愛期への退行)を反映した心的リアリティと解釈して『禿鷹空想』と呼びました。

フロイトはダ・ヴィンチの作品である『三人づれの聖アンナ(聖アンナと聖母子と小羊)』に、ダ・ヴィンチの禿鷹空想に象徴される「口唇期的な部分性欲」が反映されているとして、乳児のダ・ヴィンチの口を突付いた禿鷹の尾は「母親の乳房(男性器)」の置き換えであると言いました。『三人づれの聖アンナ』に描かれている聖アンナの衣服の袖の部分が禿鷹の輪郭に見えると主張したのは、精神分析家のオスカー・プイスターですが、フロイトはこの絵画の特異な構成から、ダ・ヴィンチの無意識的な退行欲求と乳幼児期の成育歴を読み取りました。

古代エジプト人は禿鷹を母性を象徴する鳥と考え、禿鷹の頭部を持つ母性神ムトを信仰していましたが、ダ・ヴィンチ自身が抱いていた空想に出てきた鳥は、手記の記録によると本当は「禿鷹」ではなく「鳶(とび)」であったといいます。動物行動学が進歩していない中世のヨーロッパでは、禿鷹にはオスが存在せずメスだけしかいないという迷信が信じられていました。フロイトはエジプトの母性神ムトとドイツ語のムッター(母)を言語的連想で結びつけたり、メスしかいない禿鷹が風によって妊娠するというホラボルロの迷信を、聖母マリアが処女懐胎でイエス・キリストを産んだエピソードと結び付けています。

『三人づれの聖アンナ』には、イエスの母である聖マリアとマリアの母の聖アンナが描かれているが、両者の年齢差が感じられないほどに二人とも若く描かれており、聖マリアと聖アンナの身体が複雑に絡み合って二人の身体が融合しているかのような印象を与えています。フロイトの精神分析的な絵画解釈では、聖マリアはレオナルド・ダ・ヴィンチの産みの母親であるカタリーナを象徴し、聖アンナは育ての母親であるアルビエラを象徴しているとされました。『三人づれの聖アンナ』は、ダ・ヴィンチの二人の母親(実親と養親)に対する愛情と憎悪の葛藤を表現していて、更に、ダ・ヴィンチが家族関係の混乱の中で充足できなかった口愛期(口愛期)の欲求不満を表しているのです。

フロイトは、メラニー・クラインが指摘した原始的防衛機制の一つである『投影同一視(projective identification)』の考え方を用いて、ダ・ヴィンチの同性愛気質の獲得を説明しました。母親と母親に愛されている自分を同一化して母親の立場から自分(少年)を見ることで、幼少期の自分と類似した少年を愛する同性愛の傾向が生まれるというのですが、この「投影同一視による同性愛」の考え方では、同性愛は子供時代の自分自身を愛そうとする自己愛に近似したものとなります。

ナルシシズム(自己愛)から対象愛への発達過程の途上で、母親と自己を同一視する防衛機制が過剰に働くと、自分と同一の性を持つ対象を選択する同性愛気質を獲得するというのがフロイトの心因的な同性愛論でした。同性愛的な対象選択の原因として現在では胎児期のアンドロゲンシャワーのような生物学的原因(生体ホルモン説)が有力ですが、古典的な精神分析では、母親への投影性同一化(投影同一視)や自分自身と類似した対象を愛する自己対象的(自己愛的)対象選択によって説明されていました。

ダ・ヴィンチの同性愛傾向をフィクションとして再現した読みやすい歴史小説として藤本ひとみ『逆光のメディチ』がありますが、この小説ではダ・ヴィンチが自分を美少女アンジェラへと置き換えてフィレンツェ時代の禁断の男色を語るというあらすじが取られています。今回は、『三人づれの聖アンナ』の構図から禿鷹空想(リビドーの退行)を読み取り、心因論の同性愛傾向を分析するフロイトの論考について話をしました。また時間を見つけて、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』に見られる転移感情の分析と母性原理についても補足したいと思います。


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レオナルド神話を創る―「万能の天才」とヨーロッパ精神
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レオナルド・ダ・ヴィンチの複雑なセクシャリティと『モナ・リザ』『三人づれの聖アンナ』の分析
ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの「禿鷹空想」の記事で書いたように、同性愛を幼少期の自分自身に向けられたリビドー(性的欲動)として解釈し、同性愛は自己愛(ナルシシズム)の変形であると考えたフロイトは、二人の母親の存在を意識したダ・ヴィンチの不安定な家族関係と口愛期(乳児期)の欲求不満が彼の同性愛傾向を導いたとしました。実際、フィレンツェ時代のレオナルド・ダ・ヴィンチは、17歳のヤコポ・サルタレリ (Jacopo Saltarelli)という男娼と同性愛関係を持ったとして匿名者から... ...続きを見る
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2007/05/06 13:19

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