|
摂食障害の病態には『特別な自己アイデンティティの獲得』を目指す自己愛性と『見捨てられ不安の退行的な補償』を求める依存性の特徴が見られるが、『摂食障害の病理学と家族療法的アプローチ』では拒食と過食・嘔吐によって家族関係をコントロールしようとする強迫性についても取り上げてみた。 自己愛の障害とは、自己と他者の境界線を越えて幼児的な全能感を満たせる『場の力学』を操作的に構成しようとするところにある。『場の力学』とは簡潔に言えば、自己の発言や行動、症状、振る舞いによって、他者との間に『自分に有利な相互作用』を働かせることである。 顕示的な自己愛障害では『支配的・威圧的・利己的』に強気の姿勢で他者をコントロールしようとするが、この場合には、相手が自分よりも不利な立場で能力的に劣っている状況にないと上手くコントロールできない。自信過剰でパワフルな顕示型では『他者の自己不信・不安感・利己心・依存心(被保護欲求)』を巧みに利用することで、他者を自分に従わせる『場の力学』を働かせる。他者の依存心を上手く引き出す場の力学は、権威主義的な宗教の指導者や集団のリーダーの周囲に働くものと近似したものであるが、自己愛障害の場合には『他者の長所・利点・魅力』を上手く引き出して自分も協力しようという視点や共感性が欠如している。 潜在的な自己愛障害では『自虐的・誘惑的・依存的』に弱気な態度で他者をコントロールしようとするが、この場合には、相手が自分よりも有利な立場にいて弱者に対する共感性が強いほどコントロールしやすい。悲観的で脆弱な潜在型では『他者の良心・罪悪感・共感性・自尊心(優越感)』を巧みにくすぐることで、他者の援助や愛情を受け取りやすい『場の力学』を働かせる。他者の情愛や保護欲求を上手く引き出す力学の原型は、生まれたばかりの無力で可愛い赤ちゃんの微笑と泣きにあるが、精神的な退行と幼児的な欲求を相互に甘えて満たしあう恋愛関係でも一時的にそういった力学が働くことがある。自己愛障害の場合には、相手に何も与えず自分だけが一方的に受け取り続けることに罪悪感や疑念を一切抱かないところに特徴がある。 自己愛性人格障害(NPD)は自己評価の調節障害であるが、自我心理学に分類される女性分析家カレン・ホーナイは病的な自己評価として『具体的根拠のない自己礼賛・際限のない愛と承認の欲求・自己の影響力や名声を想像的に拡大する自己膨張・思い通りにならない対人関係における憎悪と怒り』を上げた。 病的な自己評価や価値の引き下げにこだわっている人は、現実的な根拠のない自己愛的な自己膨張によって、発達早期の子ども時代に受けた心的外傷の不安や自己評価の低下を補償しようとしているのである。価値の引き下げというのは、自分の成功や承認の妨害となっている他者の価値を引き下げ、自分が求めても得られない対象を脱価値化することである。また、ホーナイは空想的な自己膨張によって自閉的な自己中心性が強化されると語り、自己膨張は他者への関心と愛情を弱めるので結果として、対人関係が悪化して承認欲求(自尊心)が満たされなくなってしまうと指摘した。 自己愛性人格障害など自己愛障害を抱えた人は、自他未分離な発達早期の段階(口愛期・肛門期)へ退行を起こしているので、依存対象である『自己対象(母親など保護者)』に対する甘えの感情や幼児的な態度を他人に投影することが多い。冒頭で挙げた摂食障害も精神分析的な発達論や性格論を踏まえると、肛門期(あるいは口愛期)へのリビドーの固着や退行として解釈することができる。自他未分離な一次的ナルシシズムを否定した独立学派のD.W.ウィニコットは、発達早期の共感的な母子関係が健康な精神発達を促進すると考え、育児をする際に、乳幼児(赤ちゃん)の生理的・情緒的欲求に適度に応答する『ほど良い母親(good-enough mother)』であることを重視した。 D.W.ウィニコットは、赤ちゃんの幼児的な全能感を適度に満たすことができる『ほど良い母親』によって、赤ちゃんの自己愛の適度な調整能力が強まり『真の自己』へと成長すると述べた。反対に、母親の子どもに対する応答性や情緒性が乏しく、子どもの生理的・情緒的な欲求不満が長期間続くと、子どもの側が母親の愛情や保護を得る為に、母親の気分(感情)に合わせて自分の感情を押さえ込むようになってしまう。ウィニコットは母親が子供の要求や気分に自分の情動を適切に合わせていく無意識的な行為を『情動調律』と呼び、子供の健康な精神発達には情動調律の成否が大きく関わっていると考えた。 乳幼児期の段階にある子どもが母親の顔色や機嫌を伺って、自分の本当の気持ちを抑圧したり歪曲したりしてしまうと病理性のある『偽りの自己』が発展してしまうとウィニコットは考えたのである。精神的にまだ未熟な子どもが『偽りの自己(年齢不相応にしっかりとした自分)』を発展させることで、家族間の対立や葛藤を何とか調整しようとしている家族が機能不全家族である。 子ども時代に、自分の依存欲求や愛情欲求を過度に押し殺して親の自己愛的な振る舞いに翻弄され続けた子どもは、自己評価の調整能力に障害が起きやすくなり、アダルトチルドレンと呼ばれるような一群の精神的脆弱性(社会・異性・家庭への不適応性)を示しやすくなる。アダルトチルドレンの考え方には家族因性の精神疾患を強調し過ぎるという問題点があるが、発達早期の母子関係を過度に重視するD.W.ウィニコットの理論にも母原病の病因説に傾きやすい欠点がある。 現在のカウンセリングでは、過去の家族関係に問題があると推測される場合でも、母親の愛情不足やネグレクト(育児放棄)、甘やかしだけでなく、父親の不在や家族への関心の薄さ、母親への攻撃性などを加味する必要があるし、家族因以外の本人の認知的な歪みや心理社会的ストレスを考えていかなければならない。 自己愛の障害全般に共通する性格行動パターンや認知・思考の傾向をまとめると以下のようになる。
クーパー(Cooper)やロニングスタム(Ronningstam)による顕在型(overt)の自己愛性人格障害の特徴には、『外向的・活動的・高揚した誇大性・見栄っ張りな承認欲求の強さ・共感性の欠如・他者を利用する対人関係・不特定多数を誘惑する性的逸脱・自己の特別視と他人の軽蔑・鈍感さと優越感・衒学趣味・権威主義』などがある。顕在型をウィンク(Wink)が提唱したように『誇大‐自己顕示型』や『鈍感型(oblivious)』と呼ぶこともある。 一方、社会性不安障害(対人恐怖症)と類縁性のある潜在型(covert)の自己愛性人格障害の特徴としては、『内向的・抑制的な謙遜・萎縮したシャイネス(恥ずかしがりや)・恥を恐れる自己防衛の強さ・見せ掛けだけの共感性・対人関係の虚無感・自己を優位に置く虚言癖・他人の成功や能力への慢性的な嫉妬・傷つきやすさと劣等感・流行志向・相対主義』がある。ウィンクは潜在型を『脆弱‐敏感型』や『過敏型(hypervigilant)』と呼んだ。 ■関連URL 摂食障害や睡眠障害を誘発する生活習慣と感情生活の乱れ 女性のメンタルヘルス2:月経前不快気分障害と妊娠期の薬物療法の問題点 愛情の代理表象としての食物(ミルク)の快楽 潜在的(covert)な自己愛障害とシャイネスの強い社会性不安障害(対人恐怖症)の関連性 ■書籍紹介 摂食障害の精神分析的アプローチ―病理の理解と心理療法の実際
|
| << 前記事(2007/04/22) | トップへ | 後記事(2007/04/25)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
自己愛性人格障害に特有の“自己対象転移”の分類定義と転移分析を活用する心理療法
精神分析学のリビドー発達論を前提にして考えると、自己愛性人格障害の人は過去にトラウマや母性剥奪(愛情喪失)を受けた時点へと精神を退行させて自己を防衛する。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/05/18 12:23 |
『自立』と『依存』を巡るアダルトチルドレンの対人葛藤と『状況の変化』を拒否する心理
アダルト・チルドレンは、『機能不全家族(非保護的環境・愛情剥奪環境)で育てられて大人になった人』という意味で用いられます。子ども時代に独特な偏った方法で家族関係に適応していたアダルト・チルドレンは、感情認識や感情の言語化が困難になるアレキシシミア(失感情言語症)や過剰適応による精神疾患、ストレス回避的な嗜癖(共依存的な人間関係)を発症するリスクが高くなると考えられています。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/06/16 10:22 |
| << 前記事(2007/04/22) | トップへ | 後記事(2007/04/25)>> |