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更新をサボっても読者が絶対逃げないブログという興味深いタイトルの記事をITproで読みましたが、一般的にブログ記事の情報価値は経年劣化します。ウェブの世界はドッグイヤー(時間の流れるスピードが加速度的に速い)という言い古された表現もありますが、次々に新しいコンテンツとコミュニケーションが生み出されるウェブ空間では閲覧者の興味や欲求は非常に移り気です。 実験的に数週間程度であっても、ブログの新規更新を停止してみると、大半のブログではアクセス数が大幅に落ち込むと予測されますし、数ヶ月間以上更新を停止すれば、定期的に読みに来てくれていた常連の読者のRSSリーダやアンテナからも外されてしまうかもしれません。ブログやサイトの閲覧者の興味関心が非常に短期間の間に移り変わりやすいということは、自分自身のウェブの閲覧行動を見ていてもある程度納得できることですが、結局、更新が停止されたりブログそのものが削除されたとしても、その『関心の空隙・コミュニケーションの欠落・情報の需要』を埋める別のブログなりコンテンツなりが存在するという事なのかもしれません。 お気に入りのブログが更新される度に欠かさずに読んでいたロム専門の熱心な閲覧者は、そのブログの更新が停止されたりブログが削除されたりすれば、今まで定期的に手に入れられていた『有益な情報・面白いテキスト・興味深い日記』を失う不便や困惑を感じるでしょう。お気に入りのブログの書き手と活発なコミュニケーションを行っていて、ブログの記事以上にブログの作者に親近感や興味を感じていた人であれば、今まで楽しく行えていた『相互的なコミュニケーション』を失う淋しさや物足りなさを感じるかもしれません。 ブログの閉鎖に当たって自分が思っていたほど、相手が自分への愛着や関心を持っていないことが分かった場合には、ある程度の心理的ショックや理不尽さを感じるかもしれません。ウェブの中ではコメント欄やメールに記述されたテキストからしか相手の思考や感情、気分を知ることが出来ませんから、絶えず、『気持ち(好意・関心)の強度のズレ』というものを実感する可能性に開かれています。しかし、余程個人的な関係に発展していない限りは、ブログの作者に対してそこまでの心理的思い入れをすることはないでしょうし、バーチャルな友人関係や擬似的な恋愛関係などに関係性が変質している場合は、通常のブログの閲覧行動とは異なるカテゴリーに分類されると思います。 そもそも、バーチャルな関係性が一定以上のレベルまで発展するブログというのは、パブリックな志向性を持っていない『プライベートな内容(現実世界の自己の生活や心情とダイレクトにつながった日記)』が中心となったブログだと考えられますから、読者を特定せず現実の自分の感情と直接的にリンクしない『一般的な情報(ニュース・政治経済・社会問題・学術関連)』でブログを書いている人にはほぼ無縁な問題だと考えていいでしょう。 それらのことから、自分が愛着を感じていたブログやサイトの停止や消滅について何の感傷も感じないわけではないが、何が何でもそのブログの記事の更新に固執するという現象や心情は殆ど見られないと推測されます。 『更新を再開してくれたら嬉しいのにな』とか『また、あの人の書いた鋭い評論・意見を読んでみたいな』とか『そういえば、何々といった存在感のある面白いブログ(サイト)が以前あったね』とか『あの人と機会があれば、もう一度意見交換を楽しみたい』とかいった形で、ブログの印象や作者の存在が、個人個人の記憶の深層に残り続ける可能性というのは確かにありますが、多くの読み手は、「あるお気に入りブログ」の存在が欠落しても、その空隙をそれとは異なる「別のブログや娯楽活動」で埋めることが出来るというウェブの本質が変わるわけではありません。 人間関係であれば、自己と同等な存在価値を見出せるような『交換不可能な他者』が人生に一度や二度くらいは奇跡的に出現する可能性がありますが、ブログの場合には、何が何でもそのブログでなければならないという『交換不可能なブログ』と巡りあう可能性は限りなく低いと思われます。自分のブログの最大の愛読者であり誰にも負けない愛着を抱いているのは、真剣に記事を作成しているブログの書き手であるのかもしれません。 故に、自分自身が自分のブログへの愛情や関心を完全に喪失してしまった場合、ブログは早かれ遅かれその役割を終えてアクセス数ゼロの死に近づくでしょう。情報価値の高低によっては、ブログの更新を停止してからも検索エンジンから一定のアクセスを期待できますが、恐らく、何年間もブログの更新を放棄していれば、ブログサービスからブログ自体を削除されたり検索エンジンの表示順位が大きく下落してアクセス数がゼロに近づくと思われます。 逆に考えれば、更新を停止することやブログを削除することが忍びないとか勿体無いと思える程度の『ブログへの関心や愛着』が残っていれば、アクセス数が多少下がったとしてもブログの生命は存続し続けるのではないでしょうか。 ブログへの関心・配慮の強度を測る客観的な指標というのを定めることは難しいのですが、更新をしないとしても、自分のブログへのアクセス頻度やメンテナンスの意欲が維持されていれば、自分のブログへの愛情や関心が完全に冷え切ってはいないと言えるでしょう。反対に、更新する意欲もないし、自分のブログへアクセスするだけでも面倒だというレベルにまでなると、ブログへの関心は相当に低下していて、ブログの停止や消滅のリスクが高まっていると言えます。 一定数の読者の関心と欲求を惹き付け続けるためには、『ある程度のスピード(更新頻度)』と『中身のある記事(読者の欲求を満たせる記事)』で更新をコツコツと継続していく必要があります。一定数の読者を逃がさないという更新を継続するだけでも相当な根気と時間が必要になりますが、現在の読者数を更に増やそうと思えば、今まで以上の更新頻度と内容のあるコンテンツが要求されます。 無論、『内容のあるコンテンツ(一般的な情報価値が高いコンテンツ)』を過去ログに蓄積していけば、ブログ全体がアーカイヴとして機能し始めるので、そこまで必死に更新をしなくても一定数のアクセスは保てるようになってきます。しかし、毎日、一定数以上のユニークユーザを確実に惹き付けられる「過去記事のアーカイヴ」をブログで作成するまでには結構時間がかかると思いますし、特定の専門分野に絞った記事を書いたり、他のブログへの有益なトラックバックを増やしたりする工夫が必要になってきます。 最初にリンクしたITproの記事の内容から脱線しましたが、一般的なブログとmixiやVoxの利用目的の違いを元に、情報コンテンツや日記コンテンツを更新する意義(モチベーション)を改めて考えてみることで、自分の『継続的な更新を支えるもの』が明確化されてくるのではないかと思います。 ■書籍紹介 ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち (単行本) Movable Typeでつくる!最強のブログサイト (単行本) WordPress標準ガイドブック―導入&基本操作からフルチューンまで (単行本) WordPressサイト構築スタイルブック―デザイナーのためのテンプレートタグリファレンス+サイトデザインテクニック (単行本) |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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ブログを更新する動機付け・mixi(SNS)に参加する面白さ・ブログとSNSの折衷型のVox
前回の記事では、一定数の読者とアクセスを維持する為の『ブログの定期的更新』の話が長くなってしまいましたが、リンクしていたITproの『更新をサボっても読者が絶対逃げないブログ』の記事の内容に戻って、『ブログを更新する意欲と記事の内容の問題』を考えてみます。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2006/12/02 00:38 |
TIME誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に“You(あなた)”が選出:WEB2.0と個人の影響力
アメリカのTIME誌で毎年選ばれる『パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)』に“You(あなた)”が選ばれ、改めてブログやSNS(mixi)、Wikipedia(ウェブの百科事典)といった個人の情報発信ツールの普及と発展について考えさせられた。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2006/12/19 05:37 |
ウェブ上のコンテンツを閲覧(活用)される喜びとブログの情報価値のストック化
年齢を重ねるにつれて主観的な時間感覚というのは明らかに変化するし、積み重ねてきた人生経験による対人関係の質の変化によって『暇(退屈)な時間』は激しく増減するのではないかと思う。私は20代半ばくらいから主観的な体験としての『暇(退屈)』を意識することがあまりなくなったように感じるが、『やりたい事が見つからない時間(何をすれば良いか分からない暇な時間)が殆どない』という意識の転換に合わせてゲーム(室内娯楽)やレジャー(室外娯楽)を楽しむ時間も相対的に低下した。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/04/11 15:23 |
ブログでコンテンツを公開する魅力と遠い未来におけるブログのストックの行方
前回からの続きになりますが、今回の広告表示に関する変更についてぼんやり思ったのは、『ブログの成長率の鈍化とブログのアクティブ率の低下』ということであり、無料ブログサービスのユーザ数が現状以上に増加する可能性が小さくなったのだろうということです。まだ団塊世代の大量退職後のブログブームの可能性というのも残ってはいますが、10代後半〜30代の若年世代(ウェブでの情報発信・コミュニケーションに興味あり)に限っていえば、『ブログを既に一度は開設したことがある』という人が大半だと思います。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/10/24 05:20 |
インターネットの“匿名制・実名制・トレーサビリティ”についての考察とウェブに蓄積された価値:2
前回の記事の続きですが、J-CASTニュースのインタビュー記事で佐々木氏はネットリテラシーについて以下のように答えていますが、よほど悪質な書き込みや特定個人(特定組織)に直接的な危害・損失を与える恐れがある発言を除いて、ネットでは『スルー力による情報のフィルタリング』が重要になってくると考えます。スルー力という場合には、感情的に不快になるコンテンツをスルーするという意味だけではなくて、自分の探している情報やコミュニケーションと合致しない玉石混淆の石を選り分けていきウェブの主観的な利用価値を... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/01/05 13:41 |
ブログ運営と心身の健康管理:アメリカにおける仕事(職業)・メディアとしてのブログの問題点
アメリカで何人かの職業的なブロガーが死亡しニューヨーク・タイムズが『デジタル時代の労働搾取』と報じたようですが、ブログと致命的疾患(心臓疾患)との医学的な因果関係はともかくとして、『ある種のブログ運営』には過大なストレスがかかるのではないかと思います。趣味や娯楽の一環として『空いている時間』に短文の記事(日記)を気楽に書くという一般的なブログの使い方であれば、ブログ運営によって強い精神的ストレスや身体的疲労を感じる危険は無いと思いますが、『社会的影響力(アクセス数)・経済的稼得力(収益)の... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/04/13 01:20 |
ウェブ時代における知的生産技術の進歩とツールとしてのブログの利用価値
梅田望夫さんのブログで『グーグルに淘汰されない知的生産術』という記事が公開されていたので、『ウェブ時代の情報整理&知的生活』について少し考えてみたいと思います。インターネットを介在してあらゆる情報にアクセスできる『ウェブの普及』は、ウェブサイト(WWWに公開されたコンテンツ)にアクセス可能な『情報端末の進歩』によって私たちの知的生活の基本条件を大きく変化させました。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/05/12 14:58 |
ウェブリブログの“プレミアムオプション”を契約。
12月21日からウェブリブログで広告掲載が必須化されるということで、月額210円の『プレミアムオプション』を契約しましたが、この広告掲載必須化と有料オプションに関する変更には賛否両論がありますね。長期的に無料のブログサービスを安定して維持するためには何らかの収益源が必要になり、現状では広告収益か有料オプションかしかマネタイズの方法がないわけですが、広告掲載必須化までの流れがやや性急だった問題はあるかと思います。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/12/16 03:46 |
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