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help RSS 物理的な脳と心理的な意識の並行関係と機械論的生命観の限界:『心とは何か?』を定義することの困難

<<   作成日時 : 2006/09/30 04:13   >>

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前回の記事で、『主観的世界の再構成』という知覚・認知の機能の本質について書きましたが、自分以外の各個人の精神内界に再現される内容(表象・感覚・情動・思考)を直接的に知る方法はありません。私達が他人の心理内容を間接的に知る方法は、大きく分けて、『内観法に基づく他人の言語報告』『観察法に基づく他人の行動観察』の二つしかないのです。

ワトソンやハルの提起した行動主義心理学(行動科学)が、『客観的に観察可能な行動』のみを研究対象としたのは、行動で表現されない『内面の心的過程』を本人以外の他人が正確に知る方法はなく、内観法による心理記述は実証的な科学研究に適さないと解釈したからでした。

行動科学の基本的世界観は、哲学の認識論における独我論を『他者の内面心理の実在性』に適用したと考えることも出来ますが、その背景には、他人の内面世界の内容を正確無比に記述することは原理的に不可能であるという信念があると言えます。『どうせ他人なんか自分の気持ちを分かってくれない』という諦観や不満を人間は持ちやすいものですが、自分が思っているのと同程度に他人もそう思っている可能性はあります。

何故なら、原理的に、『共感的なコミュニケーション』『他者配慮的な行動観察』で知り得る情報以上のことを、相手の理解や反応に期待することは不可能だからです。もちろん、情愛や信頼に根ざした人間関係(家族・夫婦・恋人・師弟の関係)では、自己犠牲的な愛や優しさが成立する可能性があります。

しかし、自己犠牲や利他心に基づく行動を生起させる心理的動因である『相手の人格・心情・価値観に対する深い理解』は、科学的な妥当性や客観的な正確さを持っているわけではなく、相互了解している『幸福な共同幻想』『ナラティブな時間(歴史)の共有性』にその多くを依拠しています。

精神分析的に言えば、相手の苦境に対する共感的な『投影(projection)』や生きる意味とつながった相手の人格や生活との『同一化(identification)』の心理機制が働いていて、『知性化』『合理化』『逃避』といった利己的(功利的あるいは合理的)行動を促進する防衛機制を無意識的に牽制している状態だと言えるでしょう。

いずれにしても、通常の社会生活に適応して他者とのコミュニケーションを行っている人は、他者の自我意識の実在性を否定する哲学的な独我論の陥穽にはまり込む可能性は殆どないと言って良いと思いますが、『他人と相互に理解し合うことは難しい』と感じる人がいれば、『他人の内面を正確に理解することが困難である事実』は自分も相手も変わらないということを少し思い出して頂ければと思います。

さて、主観的世界を再構成する『生理学的な脳』『心理的な意識』の相関関係という前回のテーマについて少し考えてみたいと思いますが、上で述べた他者の実在を否定する独我論の問題も『共同性・社会性という自我意識の成立条件』と密接に関係しています。

ここでは、『心とは何か?』という問題を人工知能の可能性と絡めて考えるので、自我意識を成立させるための共同性や社会性について十分に言及できませんが、社会的な存在としての「人間」と生物の一種としての「ヒト」の間の境界線は、他者の実在と尊厳を承認する『社会性(共同性)』にあり、人間の自我の最大の特徴は自他を区別した上での『主体的な行動とアイデンティティの確立』にあります。他者の権利の相互承認を前提とする社会契約は、共同体に必然的に発生する『倫理規範の起源』として考える事も出来ます。

『物理的な脳の神経細胞』から、何故、『心理的な内容(自我意識・思考・感情・気分)』が発生するのかという根本的な疑問を誰もが持つと思いますが、現段階の自然科学(認知科学)ではこの疑問に対して決定的な解答を提出することは出来ません。この疑問を別の角度から考えてみると、『機械(コンピュータ)に心(知性)はあるのか?』という人工知能研究のチューリング・テストの問題意識とオーバーラップしてきます。

『心とは何か?』という問いに私達はどのように答えることが出来るのでしょうか。心理学という学問分野では、『心』という用語の客観的な定義は為されていませんが、それは科学的に考えても『心とは何か?』という問いに画一的な定義を与えることが難しいからです。

仮に、チューリング・テストの検証に耐えられるレベルの人工知能に『知性(心)の存在』を認めるのであれば、私達は遥か先の未来においてロボット工学が創造する限りなく人間に近いロボットに『心の存在・自我の存在・動物以上の権利』を認めなければならなくなるかもしれません。

現時点では、プログラミングされた行動・応答パターン以外の行動を、ロボットの側が自発的に行うことは不可能であり、自己言及や内省の能力を持つ自我意識を人工的に制作することは出来ないと考えられているので、そういった問題が生じる可能性は限りなく低いと思いますが、仮想的なロボットを題材にして『心の本質』を思索するのはなかなか興味深い思考実験になります。

最先端技術が応用されたロボットを扱うSF小説やSF映画の世界では、ロボットの権利(生存権・財産権・自由権・社会権)などの公的承認がテーマとされることが少なくありませんが、『感覚・知覚・認知・情動・思考・計画・創造』といった精神機能を完全に再現でき、自我(私)の存在を証明する自己言及能力を備えたロボット(人工機械)が出現すれば、『外観(機械性)』『出自(非生命)』を別にすれば人間の精神とロボットの精神の本質的な差異を指摘することは難しいでしょう。

もし、認知科学や脳機能科学、大脳生理学などの奇跡的な展開が起こり、物理的な脳が、人間の自我(精神機能)を生み出す仕組み(物理化学的過程)が明らかになることがあれば、人間の科学技術が、モノ(物質)からココロ(精神)を創造できる可能性を示唆することになります。しかし、現時点の自然科学では、脳の有機的な構成物質を集めて、人工的な脳を精巧に再現しても、そこに時間感覚や自我意識を持つ『心』が誕生するとは考え難いこともまた事実です。

『生命でないものには、心(自我)は存在しない』と操作主義的に定義するのであれば、ロボット工学や人工知能が幾ら高度に進歩して科学技術が発達しても、人間が人工的に心を生み出すことは不可能であるという結論に行き着きます。

しかし、『人間と同等の応答能力(コミュニケーション能力)と学習能力を持つ人工知能で、観察される状況や会話からは、人間の自我意識との違いを確認できない人工物(ロボット・コンピュータ)』に、心があるのかないのかを判断するのは容易ではないでしょう。結局、『生命でないものも、心を持ち得るのか』という操作主義的な心の定義をどのラインに置くのかに大きく依拠してきます。

私は、この場合、『精神機能としての心』は機械にも発生し得るが、『自我意識としての心』を人工的に生み出すことは不可能なのではないかという気がします。心脳問題を考える際に最も興味深い課題は、『ヒトの物質としての脳と主観的な心理体験をつなぐものは何であるのか?』ということですが、人間の意識を深く考究したアンリ・ベルグソン(Henri Bergson, 1859-1941)は、『物質と記憶』の中で、心身の並行関係を認めながらも因果関係を否定しています。

ベルグソンは、身体をハンガーに、精神をジャケットに例え、ジャケット(精神)はハンガー(身体)という基盤がないとすり落ちて存在できないが、かといって、ハンガー(身体)そのものを幾ら綿密に調べてもジャケット(精神)の本質や機能を解き明かすことは出来ないと述べました。即ち、ベルグソンの意識に関する哲学では、大脳生理学の機能局在説では、脳の物理化学的変化と精神状態の変化の対応という並行関係については明らかに出来るが、脳の物理化学的変化から精神状態の根拠や内容を解明することは出来ないということになります。

刺激に対する反応で人間の行動を理解するS-R理論を機能局在説に当て嵌めても、喜怒哀楽の感情が生起したから脳の物理化学的変化が起きたのか、脳の電気的な情報伝達やホルモン分泌によって喜怒哀楽の感情が発生したのか、刺激と反応の前後関係(因果関係)を確定することが難しいという問題があります。

反対に、心身二元論と松果体での心身の連絡を前提とするルネ・デカルトの機械論的自然観で考えると、アンリ・ベルグソンとは異なる結論を導くことも出来ます。つまり、物質としての脳と生命活動で見られる代謝を完全に再現できれば、人工的な脳にも心(自我)が芽生えるという見方です。とはいえ、現段階の科学研究の成果を見る限り、『生命活動を行っている脳には、心(自我)を発生させる“非物質的な特殊なエネルギー”が流れている』という生気論も説得力を失っていないように思えます。生気論(vitalism)というのは、物理的な構成要素へと還元不可能な生命エネルギーが生命体には流れているという哲学史上の考え方のことです。

生命を喪失した解剖学的な脳を、幾ら綿密かつ正確に調べても、人間の精神活動とつながるヒントを見つけ出すことが出来ない事実が、生気論の一つの根拠となります。有機的な生命を持つ個体の脳だけが特殊な生命エネルギーによって精神活動を行い、自我を認識できるというのが生気論的な精神観です。あるいは、機械論的自然観が正しくても、生体の脳と全く同一な人工的な脳を作成し、環境条件を整えることが実際には不可能なので、心脳問題に関して、機械論と生気論のどちらが正しいのかを実証的に確かめようとすること自体がナンセンスなのかもしれませんね。

生命の有限性の限界を背負っている人間の脳、即ち、『身体性・社会性(言語性)・学習環境(後天的経験)を伴う脳』を基盤にしないと、人間固有の自我意識は発生しないのではないかと思われます。

そう考えると、『心(自我)は生命活動の一部』と見なすことに大きな異論はなく、『人間と区別できない(文字言語による)コミュニケーション能力を持つ人工知能』を心(知性)と承認するにしても、それは、『人間の身体性・社会性・有限性を伴う心(知性)』とは似て非なるものであるという事になります。

どんなに高度な人工知能と精緻な人工のボディを持つロボットが出来ても、『個別的なプライベートな心=情緒的な対人関係』『社会的なパブリックな心=理性的な対人関係』とを区分する社会性(共同的関係性)と有限性(倫理規範の源泉)が、人工的な生産物には欠けていると考えられるからです。


■書籍紹介
哲学と思想を理解するための参考文献1(古代哲学から中世神学まで)

量子進化―脳と進化の謎を量子力学が解く!
ロジャー・ペンローズの『脳』と『心』の相関に関係する書籍
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タイトル (本文) ブログ名/日時
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