カウンセリングルーム:Es Discovery

アクセスカウンタ

zoom RSS 『泣くから悲しい』のジェームズ=ランゲ説:生理的反応と情動体験の認知の関係

<<   作成日時 : 2006/04/08 22:59   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 7 / コメント 0

人間の情動の形成機序と情動の適応機能について、過去の幾つかの記事で説明してきましたが、その多くは『認知→情動・感情・気分→行動』という時間的順序を前提としたものでした。

心理臨床技法の事例検討及び効果研究の統計などから見ると、認知療法には有効性と信頼性に関する一定のエビデンスがありますが、認知療法の作用機序の根幹は『情動の主観的経験は、意識的な認知の変容の影響を受ける』という部分にあります。

外部の事象から得る刺激をどのように解釈するのかが認知であり、この認知傾向をセルフモニタリングして機能的に変容させることで、うつ病や強迫性障害、不安障害、嗜癖問題に改善効果が見られるとするのが認知療法の基本です。

つまり、苦痛な情動や不快な気分を肯定的に変化させられる確信は『認知→情動→行動』の時間的な生起順序にあり、認知療法の有効性の基盤として重要な認識となっています。

認知療法では『意識的・意図的・顕在的な認知過程』の重要性が強調される一方で、社会心理学や神経心理学の実験結果からは『無意識的・自動的・潜在的な認知過程』が情動の主観的経験に与える影響の大きさが示唆されています。

カウンセリングや心理療法の目的は、クライエントの機能的な精神状態の回復と心理的な不適応の問題解決にありますから、実際に効果が実感できるのであれば、この時間的生起順序の厳密な先後についてこだわる必要性はあまりないと思いますが、情動の評価と経験には『生理学的興奮をどう認知するか?』が大きく関係しています。

自然科学としての精神医学を構想したドイツの医学者グリージンガー(Wilhelm Griesinger, 1817-1868)は、『精神病は脳疾患(身体疾患)である』という発言をして、更に『精神病は単一の疾患類型の多様な表現形態である』とする単一精神病説を主張しました。

古典的な単一精神病説の是非はともかく、シャクターなど社会心理学者らの実験結果によると、『情動は単一の生理学的興奮の多様な認知形態である』という解釈はある程度妥当性を持つようです。

心理学的な精神機能としての情動、あるいは、精神医学上の症状としての情動は、心拍・呼吸・発汗・緊張といった生理学的変化と切り離して考えることが難しい心理状態です。
喜怒哀楽や恐怖、不安などが短時間に生起してその程度が激しければ、必ず、心臓がドキドキしたり、血圧が上がって興奮状態になったり、背筋に冷や汗をかいたり、胸が締め付けられるような感覚が起きたりします。

グリージンガーは、脊髄を介在する反射弓の情報伝達障害として精神疾患を説明しようと試みて失敗しましたが、“生理学的興奮”と“情動の主観的経験”とはある種の条件反射として結びついているといってもいいでしょう。

ウィリアム・ジェームズカール・ランゲは、『悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ』という心理学史上の名言を残しましたが、このジェームズ=ランゲ説の意味するところも『生理学的反応のほうが心理的な情動体験よりも先に起こる』という事を示しています。

このジェームズ・ランゲ説の傍証実験としては、ダットンとアロンの『吊り橋実験』が上げられますが、これは吊り橋を渡る際の恐怖や緊張で生まれる生理学的興奮を、異性の性的魅力に対する生理学的興奮と錯誤したというものでした。

強弱の程度と少ない種類しかない等質的な生理学的興奮(自律神経系の興奮や脳内ホルモン分泌)がまず起きて、それがどういった情動に分類されるのかを後で認知しているというと、常識的な感情理解と矛盾するように感じますが、そういった情動の分類の認知はほんの一瞬で為されるために、通常、意識下で自動的に行われています。

生理学的変化が情動の体験に先行するというジェームズ=ランゲ説に対して、キャノン=バード説では脳の視床を情動の座として情動の主観的体験を分析しています。
キャノン=バード説では、生理学的変化は確かに情動体験よりも先に起こるが、末梢器官の生理学的変化が大脳に伝達されるまでに時間がかかるので、実際に意識されるのは情動の体験のほうが早いという説明がなされています。

日常生活で私たちが体験する喜怒哀楽の感情・情動の多くは、外部環境からの刺激を受けて反射的な生理学的変化が起き、それをどのような原因に帰属するかによって自然に分類されています。
反射として起きた身体の内的変化を、無意識的な認知過程で情動評価(情動のラベリング)して、情動体験は知覚されているということになります。その例外として、内省的なイメージの想起や想像的な感情体験の体験などがありますが、そういった意図的に感じている情動に限っては、意識的に感情を生起させて生理学的変化を付随させているといえるでしょう。

心理臨床技法としての認知療法は、認知傾向(物事の解釈の特徴・現象の受け止め方の方向性)にラベリングして改善すべきポイントを明確化しますが、日常的な人間の情動機能は、生理学的変化(自律神経系の興奮や内臓器官の感覚)に情動の種類をラベリングします。

その最大の違いは、前者の認知療法のラベリングは『意識的・顕在的なラベリング』である為に自分で認知傾向をコントロールしやすく、後者の情動体験のラベリングは『無意識的・潜在的なラベリング』である為にラベリングしている事実にさえ気づくことが殆ど不可能であるという事です。

日常生活の様々な刺激によって起こる情動の体験がどのような感情の種類(喜び・怒り・悲しみ・不安)と結び付けられるかは、潜在的認知過程によって決まってくるので事前に予測する事が困難です。
その為、情動の内容を変化させる為には、事後的に内省や想起を行って、解釈のし直しや認知の変容をしていくことが多くなります。

潜在的な認知過程で『情動のラベリングの判断材料』になるものとして、本能的な生存欲求以外にも、幼少期から積み重ねてきた感情体験や人間関係、社会的場面での成功経験や優越感・劣等感などがあります。
自分自身で幾ら思い出して意識化しようとしてもなかなか出来ないという意味では、潜在的な情動のラベリングの基準は、フロイトの精神分析でいう無意識概念に近い側面を持っています。

フロイトもリビドーの定義として生理学的な衝動エネルギーといった概念を適用していましたので、人間の生理的反応の機序に無意識的な情動や感情の源泉があると直観していたのかもしれませんね。

情動の種類を規定する『潜在的な認知過程』を、ある程度コントロールしようとする方法としては、『目的とする原因帰属を起こしやすくする情報の提供』があります。

蔗糖などの偽薬に効果があると教示して投与すると、本当に薬としての効果が見られるようになるプラセボ効果も、原因帰属の錯誤を生み出す情報提供によって成り立つ興味深い現象ですが、自分の身体の変化を薬剤の影響として事前に説明すれば、多くの場合、個人的な感情反応を抑制します。

自分の意志ではどうにもならない自然現象や化学作用に原因帰属させるような情報を十分に説得力をもって与えれば、人は悪い結果や不快な生理反応が起きても怒りや不満を露わにすることが少なくなり、主観的な情動体験ではなく客観的な環境要因(生理作用)に原因を求めるようになるからです。

逆に考えると、自らの意志で結果を変えられる人為的要因に原因帰属させる認知は、怒りや悲しみ、不満といった情動のラベリングを引き起こしやすくなり、自らの努力で結果を変えられない自然的要因に原因帰属させる認知は、マイナスの情動のラベリングを起こしにくくすると考えられます。

気分障害などで強烈な抑うつ感や耐え難い自罰感情を生じている人は、多くの場合、『原因帰属の誤謬』として全ての悪い結果や状況の原因を『自己の行動・性格・能力・意欲』といった部分に帰属させて苦しんでいます。

この苦痛な精神状態を緩和させる為には、自己の支配や制御、責任の及ばない不可避な事象への想像力を高めていき、『偶然的な要因・自然生起した不運・変更可能な要因』へと原因帰属させて過剰な責任感や自己コントロール欲求を弱めていくことが必要です。

今回は、『生理的反応と情動体験の無意識的分類』について書きましたが、また、『行動の生起と意識的な認知(自覚的な判断)の時間的順序』について分割脳や脳損傷の認知特性の知見などから考えてみたいと思います。


■関連URL
ジェームズ=ランゲ説とシャクターの情動二要因理論

■書籍紹介
ウィリアム・ジェイムズ入門―賢く生きる哲学
ウィリアム・ジェイムズ入門―賢く生きる哲学

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 13
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

トラックバック(7件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
理性的抑制と本能的欲望が葛藤する脳の構造:『認識能力』と『行動制御』で構成される責任能力
『泣くから悲しい』のジェイムズ=ランゲ説が発表当時にもたらした衝撃は、『涙腺から涙が出る』という生理学的変化が『悲しみを感じる』という情動反応よりも時間的に先に起こるという事でした。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2006/10/07 22:30
生物学的精神医学の黎明期:B.A.モレルの変質概念やE.クレペリンの分類体系など
フィリップ・ピネルの弟子であったジャン・エチエンヌ・ドミニク・エスキロール(J.E.D.Esquirol, 1772-1840)は、ピネルの疾病分類を更に精密化して『メランコリー(melancholy)』を、単極性障害(うつ病)に該当する『リペマニー(lypemanie)』と妄想症状(気分高揚)を中核とする『モノマニー(monomanie)』に分類した。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2007/01/29 15:04
戦争を巡る価値観と原始的な脳・理性的な脳1:大脳辺縁系の情動判断と大脳新皮質の学習の影響
人間には発生学的に原始的な構造を持つ『大脳辺縁系(情動反射の中枢)』と理性的・計画的な高次脳機能を生み出す『大脳新皮質(思考・学習・意志の中枢)』とがあるが、戦争や犯罪を起こす人間は、“大脳新皮質(攻撃性及び本能行動を抑制する前頭前葉)の機能”が弱いからなのだろうか。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2009/11/26 05:29
自分の感情を認識するための自己知覚・原因帰属1:認知的不協和の動機づけと情動の中枢神経説
前回の記事では、スペリーとガザニガらの分割脳実験と右脳(非言語性半球)の潜在的認知プロセスを参考にして、自分自身でも知ることのできない『自分の心理状態・行動の原因』について考えてみました。古代ギリシアのデルフォイのアポロン神殿には『汝自身を知れ』というスローガンが掲げられていたと言いますが、哲学史・宗教史では『主客問題・自我・実存主義・内観と瞑想・帰依と祈り・神との対話・個人主義・共同体主義』などのコンセプト(テーマ)や実践を通して自己を知ろうとしたものの、自己の理解は思弁的あるいは物語的... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2011/02/16 06:36
“潜在的な知覚・記憶”が生むサブリミナル効果と注意の二過程説:説得と単純呈示による広告効果
自分自身がその刺激・情報を知覚できているという実感がないのに、その刺激・情報が潜在的に処理されていて何らかの影響を及ぼすことがあり、これを知覚可能な閾値よりも下の知覚という意味で『閾下知覚』と呼びます。閾下知覚は意識化したり言語化したりすることができない知覚ですが、ガヤガヤとしたパーティー空間の中で好きな相手の発言や自分の名前を含む発言だけに突然注意が向く『カクテル・パーティー効果』に関係したり、映像の中に知覚できない瞬間的な情報を挿入することで行動や選好に影響を与える『サブリミナル効果』... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2011/05/19 08:07
春木豊『動きが心をつくる 身体心理学への招待』の書評2:心身相関を説くレスペラント反応
第4章『心が先か、動きが先か』では、“悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ”という命題で有名なウィリアム・ジェイムズの末梢神経仮説と“個人的要因・環境的要因・行動が相互に作用する”というアルバート・バンデューラの相互決定論(reciprocal determinism)が紹介されている。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2014/08/31 05:04
やる気・行動力を高める考え方とニヒリズムのリスク1:面白くない・つまらないの決めつけを捨てる
やる気(意欲)がでないや行動力がでなくなるというのはうつ病(気分障害)の中心的な症状ですが、うつ病のような精神疾患の水準の意欲低下・行動力低下でなくても、一般的な悩みとしてやる気がでなくて行動力がないというのは多いものです。 ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2017/03/15 11:40

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コンテンツ&本の紹介

Es Discovery's Encyclopedia(百科事典的なアーカイブ)

心理学の事典や臨床心理学の概説書

S.フロイトとC.G.ユングの書籍
スポンサーリンク


ブログアーカイヴ
2005年
3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2006年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2007年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2008年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2009年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2010年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2011年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2012年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2013年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2014年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2015年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2016年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
『泣くから悲しい』のジェームズ=ランゲ説:生理的反応と情動体験の認知の関係 カウンセリングルーム:Es Discovery/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる