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help RSS 教育基本法改正案と愛国心:個人主義・自由主義と公共意識や社会性のバランス

<<   作成日時 : 2006/04/24 00:24   >>

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憲法改正議論でも『愛国心』を意味する言葉を前文に盛り込むか否かが争点になる事が多いですが、ここ最近、教育基本法改正『愛国心に相当する語句』の取り扱いが話題になっています。

教育基本法の改正案では、自民党と公明党との意見調整が為されて愛国心という直接的表現の採用は見合わされ、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という表現に落ち着いたようです。

この文章表現を見る限りにおいては、排他性や攻撃性を孕んだ愛国心を意図しているとは思えず、軍国主義などに傾斜する要素も感じることが出来ません。
愛国心を語る場合に問題となりやすいのが、愛すべき対象が政治権力(政府機構)なのか郷土・文化・同国民なのかという事ですが、この改正案では『伝統文化・我が国と郷土』という用語が用いられており、政治単位としての国家や政権を愛すという意味ではないことを明確にしています。

国という概念に過剰な警戒を示さなければ『我が国』というのは『郷土を拡大した概念的な国家』として解釈するのが普通だろうし、もっと政治色を薄めたければ『郷土と故国(日本),郷土と日本に生きる人々』などの表現にするといいようにも思います。
『他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う』という表現をきちんと盛り込み、自国と他国の利益のバランスや国際社会の平和という志向性を示しているところは一定の評価ができるでしょう。

とはいえ、国家を愛する精神的な態度や道徳的な価値判断を法律で制定することの是非は問われてしかるべきでしょうし、自然感情としての愛国心(パトリオティズム)は『愛される国家(郷土)』の側から要請すべきものではないという意見にも一理あります。

自然風土や伝統文化、家族や友人を愛するという意味の愛国心であれば、政権与党でその内容を議論する必然性はなく、教育基本法改正に愛国心や公共心の精神論を盛り込む必要性もないわけです。
ということは、この教育基本法改正案の趣旨は、自然な郷土愛を確認することに目的があるのではなく、青少年の価値観に一定の公共的(社会奉仕)な方向性や道徳的(利他性)な傾向を持たせたいという部分にあるのだと思います。

毎日新聞の社説では、国民に対する説明責任の問題で末尾を締めくくっていますが、意外に、国民側の興味や関心がそれほど高まっていないという印象のほうが強いですね。

子ども達に行う教育の基本理念を示し、将来の国民の知性・判断の基礎を形成する教育内容を概括する教育基本法は極めて重要な法律だと思いますが、議論の必要性や議論の進行過程の説明責任を十分に果たさなくても、何となく通ってしまいそうな社会の雰囲気に少し危うさを感じないでもありません。


社説:教育基本法改正 「愛国心」の本音がちらつく

いじめ、不登校、学力低下、ニートの問題など、教育現場に対する危機感が改正論議を後押ししたが、愛国心も含めた精神論だけでこうした問題の「特効薬」になるとはとても思えない。現に小中学校の道徳や小学校6年の社会科の学習指導要領には、既に「国を愛する心」を育てることが目標に掲げられている。本来は国民一人一人の自主性や見識に委ねられるべき精神的理念を法律に規定することにも疑問がある。

基本法改正によって、課題が山積する教育現場をどう変えていこうとしているのか。その狙いや将来像は、閉ざされた自公の協議から見て取ることはできなかった。改正内容は他の教育関連法や学習指導要領の見直しに多大な影響を及ぼす。自公は今後の国会審議などで、国民を十分に納得させるだけの説明責任を負っていることを肝に銘じるべきだ。


国家の最高法規である日本国憲法が、1947年の5月3日の施行以来一度の改正も受けていないのと同様に、国家の教育理念(教育憲法)である教育基本法も憲法と同じ1947年3月31日に公布されて以来一度の改正も受けていません。

戦後にアメリカのGHQ主導の下に作成されて施行された日本国憲法と教育基本法を貫徹する基本精神はほぼ同一のものであるといってよく、その基本精神とは、反軍国主義と結合した文化相対主義的な平和主義にあります。

現行教育基本法において、国民個々人に教育活動が影響を与える価値観としては、民族的結集(集団主義的行動)を抑制する『個人主義』や価値観を一極集中させず多様性を承認する『自由主義』を想定することができるでしょう。

保守的な価値観や社会秩序の安定感を重視する立場からは、個人主義と自由主義の行きすぎを批判する向きもありますが、基本的に個人主義と自由主義の原則を真正面から否定する言説は現代社会の世論からは余り支持されないでしょう。

教育基本法は、太平洋戦争と大東亜戦争に敗戦した戦後日本から、再軍備を要請する世論の勃興を抑え、軍事的野心、排他的ナショナリズムを教育段階でスポイルしていくアメリカ側の意図があったと考えることが当然出来ます。
また、同時に、世界でも類例のない理想的かつ先駆的な平和主義教育に法的根拠を与えるものだと解釈することもできます。

『自分と同じように他者(隣人)を愛せ』という普遍的なキリスト教の博愛精神(アガペー)を宗教的に主張するアメリカの政治家はいても、国家安全保障や国益と切り離した形でその博愛精神を政治的に主張し実践できるアメリカの政治家はいません。

国民国家を単位とする現段階の国際政治とは、詰まるところ、国益の増加と国土の保護(領土の拡張)を目的に行われますから、『理念的な正義』よりも『実際的な利益』が優先されるのは当然だからです。

ただ、私たちが未来の国際政治に理念的な正義の希望を託すことが出来ないわけでもないと思います。
『理念的な正義』『実際的な利益』というものは永遠に一致できないものではなく、各国の政治判断の変化によって頻度依存的(数の論理)に一致していく可能性があります。

フランス革命以前に、自由や平等の普遍的価値を主張することは世間知らずの理想主義者のうわ言に過ぎなかっただろうし、江戸時代に士農工商の身分制度を人権思想を元に論駁しても誰も相手にしなかったでしょう。

軍国主義が社会を覆っている時代に、軍部やナショナリストの主張に正面切って反論することは非常に大きなリスクを伴い効果も薄いですが、平和主義が社会の大勢である時代には、軍国主義を批判するリスクは小さいだけでなくその必要性さえ乏しくなっていきます。

『理念的な正義』に普遍性や妥当性を見出せる個人が増えれば増えるほど、その理念的な正義を蹂躙したり無視することが出来なくなるのは、人類の歴史過程を振り返れば、時代的価値観と人々の生活様式の軌跡がそのまま証明しています。

理念的な正義に依拠した判断や行動を取る国家が増えてくれば、理念的な正義を踏みにじることが実際的な利益を損なうことにつながってきます。そして、理念的な正義の実践が国益の確保と一致してくると、正しい理念を行動に移すことを否定する理由がなくなります。

中国共産党は一党独裁体制で、国際社会の意向を無視すれば徹底的に言論の自由を弾圧したり、反体制派を天安門事件のように実力で排除したりすることも可能ですが、『人権尊重や言論の自由という理念的な正義』を完全に無視すれば、国民の反体制の世論が拡大したり、国際社会から政治的・経済的ペナルティを受けて国益を損なう恐れが高いためにそういう愚劣な政治判断はしないでしょう。

中国共産党が共産党を名乗っていながらケ小平の改革開放路線以降、共産主義の計画経済と平等分配を諦めて市場経済と競争原理を取り入れているのも、一国社会主義(計画経済)が不採算で非効率的だからであり、『毛沢東が組織した中国共産党がかつて信じた実際的な利益=共産主義経済』も頻度依存的に変動していることが分かります。

資本主義経済が『理念的な正義』か否かは判断が難しいですが、現代の国際社会では少なくとも共産主義経済以上に、国民の生活水準と国家の経済力を向上させる効率的な経済制度だと考えられています。

『グローバル化した資本主義経済を導入しないデメリット』は、『世界中に普及した理念的な正義を尊重しないデメリット』のアナロジー(類似性)です。
個人と国家を置き換えても分かるように、圧倒的多数が正しいと認める価値観(倫理観)や効率的と考える経済活動(貨幣経済)を完全に無視して生存や存続を図ることは極めて困難なのです。
個人が労働や役割を通して自己の生存を確保し社会に参加するのは、それが結果として個人の利益になるからであり、国家が外交政策や法理念を通して自国の存続を確保し国際社会に協調するのも、それが結果として国益の確保になるからです。

100年前まで地球上で奴隷制度を採用している国や地域は無数にありましたが、現代社会では奴隷制度を採用することは『国際社会の理念的な正義=人権思想』に反するデメリットが余りに大きいため採用することはできません。
確かに、奴隷制度廃絶の歴史的背景には、自由市場経済の発展の要素があり、労働市場における自由な労働者(解放された奴隷)の需要、市場経済の供給を満たす自由な消費者の必要がありました。

1860年に勃発したアメリカの南北戦争も奴隷解放を巡る理念的な対立よりも南部の農業生産と北部の工業生産の経済的対立が主要原因でしたし、大統領だったエイブラハム・リンカーン(1809-1865)自身も強硬な奴隷解放思想の持ち主ではなかったと言われています。

しかし、『人間は生まれながらに平等である』という人権の理念の所有者が増大した事と奴隷解放や差別減少は無関係ではないだろうし、人間の平等性や生命の尊厳を普遍的理念とする国民の数が多数派となれば専制的な独裁政治を行うことが困難になり、自国民の死が想定される戦争を宣言する為の障壁が高くなります。

そういった社会的価値観や世論の同調圧力を考えると、アジアの隣国である中国や韓国の熱狂的なナショナリズムも、国民全員が加担しているわけではなく、場を支配する多数派が勢いを煽っている側面があると思います。
戦時中の日本にも戦争に反対した個人がいたように、所属社会(帰属集団)の多数派が熱狂している時にも、その政治的な危険性や倫理的な誤謬を認識している個人はどの社会にも必ずいます。

小規模な集団内であっても、その場を支配する意見を否定したり、その集団の最高権力者を批判することには結構勇気がいるという事を考えると、国家規模で一つの世論を結集している状況下でそれに正面切って反論することは生半可な覚悟で出来ることではないだろうし、下手をすれば所属集団から疎外されたり社会的なペナルティを受けたりすることもあるでしょう。

戦時中に機能したとされる『非国民や売国奴のラベリング』の持つ心理効果とは、『仲間集団から排除され敵集団から利用されて、孤立してしまうという社会的な人間が持つ根源的な恐怖』です。
こういった中心的価値観からの排除としての強圧的な愛国心ではなく、自然な国土と同胞を愛する意味での愛国心を育むという方向に向けていくという意識は必要でしょう。

『敵・味方の二元論の対立図式』が支配的である集団や社会においては、どっちつかずの中立的立場や客観的主張をすることは我が身を危険にする恐れが高いため、大多数の人は科学的な真偽や客観的な検証などを抜きにしてとにかく味方集団の言説や主張に賛同することになります。

集団主義が陥りやすい熱狂の特徴というのは、論理的な思考や客観的な証明を飛びぬかして、とにかく『自集団の正義(利益)』を絶対的なものとして主張することです。

世界各地の民族紛争や領土問題、宗教対立でも、自集団の正義の客観的根拠を丁寧に検証することは少なく、狂奔する集団心理の中で攻撃性や憎悪感情ばかりがヒートアップし続けます。

ナショナリズムの熱狂や独裁政権の威嚇がなくても、自分の意見や主張をすることが社会的不利益に結びつくことが少なくないことを考えると、『愛国心』を定義する場合に最も重要になるのは、言論の自由と個人の選択の保証、そして、排他的行動を抑制した他国との協調にあると思います。

愛国心に関係した語句を憲法や教育基本法に盛り込むことに否定的な政治家や国民のポイントもおそらくその点にあると考えられますが、今回の改正案では『他国の尊重や国際平和』が入っているので独善的な愛国心の雰囲気はそれほど感じられません。

愛国心という言葉は多様な解釈が成り立つので、教育基本法にその言葉を盛り込む事の問題点は、愛国心が内在する排他的な自文化中心主義の問題というよりも、愛国心に無関心な個人の異端視や排除の圧力が社会に生まれないだろうかという事にあるのだと思います。
社会不安や将来の悲観が高まれば高まるほど、人間の意識は観念的な共同体や概念的な価値に収斂しやすくなり、単一の価値観への志向性を持つようになります。

国家財政の悪化や社会保障制度の困難、少子高齢化の深刻化、青少年の心理的社会的問題などを受けて、政府は、多様化しすぎた価値観やまとまりのない自由にその原因を求め国家の教育理念に社会性や公共性を織り込むことでこの窮地を乗り越えたいと思っているのかもしれません。

その観点から考えると、国民統合や秩序感覚の象徴としての愛国心を取り戻すというのは、端的にいえば、『共同体(国家・社会)の一員としての責務』により自覚的になるという事を意味しているといえるでしょう。


■書籍紹介
学校が「愛国心」を教えるとき―基本的人権からみた国旗・国歌と教育基本法改正
学校が「愛国心」を教えるとき―基本的人権からみた国旗・国歌と教育基本法改正

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