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help リーダーに追加 RSS クレペリンの早発性痴呆、ブロイラーの精神分裂病から現代の統合失調症へ至る歴史的変遷

<<   作成日時 : 2006/02/17 10:22   >>

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前回の記事で、古典的な精神分析の精神病への適応の難しさについて述べましたが、現在の精神医療では、統合失調症患者に対しては、メジャー・トランキライザー(強力な向精神薬)による薬物療法が第一選択になっています。
抗精神病薬のクロルプロマジン(商品名コントミン,ウインタミン)の誕生(1952年)が、精神医療にもたらした恩恵は非常に大きなものがあります。

クロルプロマジンは、1950年にフランスのローヌ・プーラン社で開発された当初は、アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎などアレルギー性疾患(アレルギー反応によるかゆみ・炎症などの鎮静)に効果のある抗ヒスタミン薬として研究開発されていました。
しかし、本来の目的であるアレルギー性疾患に対する抗ヒスタミン効果よりもドーパミン遮断による鎮静や催眠誘導の効果が強く出た事により、神経活動の異常興奮が見られる精神病患者に投与される事になりました。

精神病症状の改善に著効を示すクロルプロマジン開発以来の精神医療の歴史は、薬剤の種類の多様化と適切な処方の模索の歴史でしたが、同時にアカシジアやジスキネジアという副作用との戦いの過程でもありました。
重症の統合失調症(当時、不治の病とされた重症精神分裂病)の患者は、優れた効果を持つメジャー・トランキライザーの登場によって、閉鎖病棟や入院治療から解放され社会復帰できる可能性が高くなりました。

無論、統合失調症の病態と症状は非常に複雑であり、その発症状況や経過・予後も千差万別ですので、抗精神病薬(メジャー・トランキライザー)が特異的症状をターゲットにして奏効するというわけではありませんが、他の精神疾患と比較すると統合失調症に対する早期治療の重要性と有効性には臨床的エビデンスが積み重ねられています。

精神医学の教科書の標準化を構想したエミール・クレペリン(E.Kraepelin, 1856-1926)は、二大内因性精神病として精神分裂病の原形となる早発性痴呆(Dementia Praecox)と躁鬱病を定義しました。

早発性痴呆とは、『思春期頃に好発する予後の悪い重篤な精神疾患』という意味であり、クレペリン自身は現在の陽性症状よりも感情鈍磨や無為・無反応といった陰性症状へ注目する割合が強かったようです。

クレペリンの定義した早発性痴呆は、思春期に早発する精神疾患で、発症時には知的能力は障害されず「感情・意欲・認知の精神機能」が段階的に低下していき、転帰が痴呆による精神荒廃(人格破綻)に至るとするものです。晩年に至るにつれて経過が悪くなり、当時の精神医学用語でいう精神薄弱状態や人格荒廃状態に行き着く可能性が高いというのがクレペリンの見立てでした。

当然、彼の時代には、早発性痴呆に有効な向精神薬が開発されていませんでしたから、高い確率で奏効する治療法が確立されていませんでした。その為、現在の精神医療とは全く事情が違いますし、今では、統合失調症の予後は20世紀半ばまでよりも格段に良くなっています。

エミール・クレペリンは、近代精神医学の父とも呼ばれ、彼の登場以前には諸説紛々として混乱していた精神医学領域の知見を網羅的に整理した精神医学者です。クレペリンの臨床経験と学術研究によって、精神医学はとりあえずの体系化に成功したといえるでしょう。

早発性痴呆という用語が誕生する以前には、精神科医個々人によって漠然と精神病のイメージが描かれていて、早発性痴呆は『妄想病(パラノイア)・緊張病(カタトニー)・破瓜病(ヘベフレニー)』の3つの臨床症候群の名前で呼ばれていました。

クレペリンの早発性痴呆の概念定義が必ずしも正確とはいえないという批判のもと、精神分裂病(Schizophrenie)の疾病単位を提唱したのがスイスの精神科医オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler, 1857-1939)です。

(ここでは、疾病概念の歴史的変遷を明瞭にする為、現代の統合失調症に言及する場合には『統合失調症』の用語を用い、19世紀から20世紀に至るまでの精神分裂病を語る場合には『精神分裂病』の用語を用います。)

ブロイラーは、精神分裂病の疾病概念と早発性痴呆の疾病概念の違いとして、『必ずしも精神荒廃の予後を迎えない・青年期以外の年代でも発症する・痴呆というよりも思考と言語、認知領域に及ぶ精神機能の統合性の障害である』ことを挙げました。

精神分裂病の分裂というのは、人格構造の分裂による多重人格や発狂に至る錯乱といった意味ではなく、人格機能の構成単位(思考・記憶・感情・現実認識)の統合性がバラバラになるといった意味です。あるいは、意味のあるコミュニケーションを可能とする観念連合(複数の思考内容や表象・記憶の適切な結びつき)が障害されるといった含意があります。

健常者の観念連合は、現在と過去の思考が綺麗に区分されていて、事象と言語(観念)の結びつきが適切なものになっています。
例えば、『今日の天気』という観念は、『快晴です。雨です。気持ちいいです』といった言語と連合していますが、『今日の天気』という観念が『美味しいです。柔らかいです。私の所有物です』といった言語と連合してしまうと一般的な対人コミュニケーションに支障をきたしますので観念連合が障害されていると言えるでしょう。

ブロイラーは精神分裂病の典型的徴候として『4つのA』を考えました。『4つのA』とは、以下の症状を指します。


オイゲン・ブロイラーの精神分裂病の典型的症状としての『4つのA』

1.自閉性(autism)

2.観念連合の障害(association)

3.両価性(ambivalence)

4.感情の障害(affect)


自閉性(autism)というのは、自分の内面世界に閉じこもってしまって、外部の世界や他人に関心を示さず、現実的な事柄とうまく関係を持つことが出来ないという症状です。

観念連合の障害(association disorder)は、ブロイラーがもっとも重視した精神分裂病の症状で、思考の内容や過程にまとまりがなく、支離滅裂な思考や発言をしてしまう症状です。それまでの経験や学習によって獲得された観念をうまく意味のあるものとして結合させる事ができないという観念連合の弛緩を含むもので、知っているはずのA君の名前とその性格や行動を結びつけることが出来なかったりします。
A君のことをみんなが話している時に、自分はA君のことを話しているつもりでB君のことについて突然話し出したりして奇妙な感じを与えたりするのです。

両価性(ambivalence)というのは、矛盾する考えや正反対の二つの感情をある対象に対して持っているといった事です。例えば、Aさんの事を尊敬しているのだが、心の何処かで嫉妬して憎んでいたり、嫌っていたりといった両価性や、ある意見に表面的に賛成していても、よくよく自分の心を覗き込んでみるとその意見に反対だったりするといったアンバランスで対立的な二面性のことです。

感情の障害(affect)というのは、何事に対しても喜びや悲しみといった感情を抱く事が出来ない感情鈍麻の状態や気分が安定せずにコロコロと怒ったり、笑ったりする情緒不安定な状態を意味します。特に精神分裂病の陰性症状では、感情機能が完全に麻痺してしまって、どんな出来事があっても笑いもせず怒りもしないという精神機能の障害がよく見られます。


クレペリンの早発性痴呆の疾病概念の致命的な欠点は、治療可能性に対して閉ざされており予後不良で精神荒廃に行き着くという運命論的な前提に立っていることです。また、早期に発症して予後が必ず荒廃に至る精神病という意味では、極めて狭い範囲の統合失調症の一例を概念化したと考えることも出来ます。

ブロイラーの精神分裂病の疾病概念の特異な点として、有効な薬物療法が確立していなかった当時において精神分裂病の治療可能性、予後良好のケースを示唆したということが挙げられます。クレペリンの想定した予後の悪い早発性痴呆も含む広範な事例を説明できる精神病類型が精神分裂病だといえるでしょう。
とはいえ、ブロイラーの示唆した治療可能性はなかなか現実のものとならず、クロルプロマジンが誕生するまでの様々な医学的・心理学的アプローチをはねつけて来ました。

特に、当時の中心的精神療法であった精神分析は、言語的コミュニケーションの不全や面接構造に耐えられない自我強度の弱さを持つ統合失調症患者の大半にとってあまり目立った治療効果を発揮することが出来ませんでした。
電気ショック療法だとかインシュリンショック療法だとかいった物理的な生理作用を応用した治療法にも一定の効果は認められましたが、血糖値を低下させるインシュリンショック療法には治療に伴うリスクが大きいという欠点がありました。

改良された身体の痙攣反応を伴わない電気ショック療法(ElectroConvulsive Therapy:ECT)は、現在でも希死念慮の強い重症うつ病の患者に対して行われる場合があります。電気ショック療法によって得られる有益性とその危険性の比較によって有益性が上回ると判断でき、本人が了承すれば実施する意義はあると思います。

精神分裂病の歴史過程には、精神医学的な治療可能性の発展があると同時に精神医学的な精神病治療に批判的な反精神医学の歴史もあるわけですが、その中心人物が精神分裂病の理解可能性(了解可能性)を唱導したR.D.レインです。レインの思想は、フーコーの『狂気の歴史』に通底するもので、精神分裂病の異質性を強調することで社会集団から排斥しようとするシステムや偏見を乗り越えようとする思想です。

レインは、医師と患者という権威的関係を踏み越えて患者と「一人の人間」として真摯に向き合い、相手の語る言葉や物語を決して病気の症状として軽視しないという基本姿勢を持っていました。
彼はその先鋭的な反精神医学の思想を通して、『異質な精神病者に対する治療可能性』で留まる事の不完全性を指摘し、『同じ立場にたって共感的なコミュニケーションを試み続ける相互的な了解可能性』を志向した人物だといえるでしょう。

R.D.レインの医療分野での貢献や評価はともかくとして、レインの思想や生涯は『精神病という精神状態』『精神病者という対等な個人の尊厳』とを明確に切り分けて認識することの大切さを私達に教えてくれます。

反精神医学の書物として読むよりも、精神保健行政への批判意識や社会福祉分野への理解深化を意識しながら倫理学的な問題を取り扱う書物として読むと色々と思い浮かぶことがあるのではないかと思います。

ドイツの精神医学者クルト・シュナイダーは、精神分裂病の鑑別診断の基準となる『この症状が観察されて、身体疾患や薬物の影響がなければ、精神分裂病と診断してよい』という項目を考えました。このシュナイダーによる鑑別診断的な精神分裂病の基準を『一級症状』といい、一級症状に当てはまらない精神分裂病と断定できない妄想着想や軽度の幻覚、感情鈍磨、軽度の気分変調症状を『二級症状』と呼びます。



クルト・シュナイダーの定義した1級症状

1.思考化声

2.批判的幻聴

3.ダイアログ(複数人の対話)形式の幻聴

4.身体への悪意ある行為や影響

5.思考伝播

6.思考奪取

7.作為体験

8.関連妄想・妄想知覚



精神病圏の重症患者に対する標準的な精神医療が、危険性の高い精神外科療法から比較的安全な薬物療法に移行するにつれて、非人道的な精神外科療法として悪名の高いロボトミー手術(prefrontal lobotomy)は段階的に衰退していきました。

臨床心理学の研究調査では、精神病の陽性症状に対する認知行動療法に一定の効果が認められるなど補助的な役割も指摘され始めてきていますが、薬物療法と併行して実施することでより大きな改善効果が期待できます。

統合失調症に関する説明やクルト・シュナイダーの一級症状について詳しく知りたい方は、ウェブサイトのほうの記述を参考にして下さい。

統合失調症

シュナイダーの1級症状以外にも、神経症圏と精神病圏を鑑別する為の指標となる症状群としてIPSS(International Pilot-Study of Schizophrenia)のようなものがありますが、その大半は1級症状や現代のDSM−Wの診断基準とオーバーラップしています。

統合失調症の症状は、発症以前には見られなかった症状が形成される陽性症状と発症以前に存在していた健康な精神機能や精神運動性が喪失される陰性症状の両面から理解することが出来ます。
精神分裂病から統合失調症への名称変更が日本で行われたのは2002年8月でしたが、疾病概念にまつわる好ましくない印象や偏見への配慮が大きく働いての改称でした。


■関連URL
精神疾患と精神障害の概念の移行と精神保健福祉行政:DSM-Wの功罪
フーコーの系譜学的研究『狂気の誕生』:精神の正常と異常の価値序列の相対性
精神の正常と異常を区別する心理学的な相対的基準(適応・価値観・平均・病理の視点)

■書籍紹介
分裂病がわかる本―私たちはなにができるか
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