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普段から、対人緊張、吃音(どもり)、対人恐怖を感じている人でなくても、大勢の人の前で講演したり演説したりすることには一定の緊張と苦手意識を感じるものです。 しかし、人前で流暢に話す技術、特に大勢の聴衆の前で緊張せずに話せる心を持つことの重要性と必要性を多くの人が感じています。 極端に対人緊張の強い人の場合には、自分の通いなれた職場の朝礼や終礼で簡単な一日の決意や感想を述べることさえうまくできず劣等感に悩んでいるという人やみんなの前で何か発言したり主張しなければならない日は前日から神経が興奮して寝付けないという人もいます。 中には毎日、部下の前で訓示や指導をしなければならないから出世する事が恐ろしいとか、出来るだけ人前で話をしなければならない職業や地位には就きたくないから今のままの日の当たらない部署が一番いいのだと自己否定的な思いにとらわれている人もいます。 大勢の人の前で、面白い話題を選んで自然に話が出来る能力というのは、ビジネス場面でも有利な性格特性として重宝され、集団の中でリーダーシップを取りやすい人物としての評価を受けることも稀ではありません。 しかし、日本人の文化結合症候群として社会性不安障害(対人恐怖症)が指摘されるように、日本人の多くは大勢の人の前で講演したり意見したり演技したりすることを基本的に回避する傾向があります。 但し、今回は精神病理としての対人恐怖は取り扱わずに、一般的な演説場面などで感じる緊張の心理を前提として語ります。 その前提を経て、多くの人の前で緊張せずに自分の話したいテーマについて話す方法について考えてみたいと思います。 人前で何かをしなければならないと聞くだけで強度の緊張や不安に陥る人が、実際にその場面になった時にはどのような身体の生理的変化が起きているでしょうか。 緊張症や赤面恐怖などを訴える人の生理的変化は極めて似通ったもので、『大量の冷や汗をかく・喉がカラカラに渇いて声が出にくくなる・頭が真っ白になって何を話すつもりだったのか思い出せない・心臓がドキドキと激しく鼓動して不安になる・呼吸困難に似た状態になる』といったものです。 これは、ハンス・セリエの汎適応症候群(GAS)の警告反応期の段階に似た生理学的状態で、大勢の人の前に立ち話したり実技をしたりしなければならないという精神的ストレスを『脅威的な事態』と認知した結果、起こってきた状態です。 脅威的な事態の認知を経た有害なストレスが自律神経系に働きかける事によって、迫り来る危険に備える為に、交感神経が優位となり活発に身体各部の運動を促進します。 勿論、迫り来る危険とは『戦闘して打ち倒すべき外敵』ではなく『大勢の前で話をすること』なのですから、自律神経系の急激な変化による自己防衛機制は実際上、何の役にも立たないばかりか、かえって話をすることの邪魔や障害になるばかりです。 病理水準に至らないごく一般的な対人緊張や対人不安は、誰でも多かれ少なかれ抱くものですが、それに振り回されずに、それを当然のストレス反応と考え、その身体反応の原因を客観的に理解して適切な認知と演説態度をとれる者は、対人緊張によって苦悩することが少なくなります。 対人恐怖とは端的に言えば、『外的自己意識あるいは内的自己意識の過敏や過剰』を根本にもっている恐怖反応であるが、文化的特性として村社会的な集団主義の風潮をもっている文化圏に多く見られ、突出した個性や自己主張をあまり好ましく思わない共同体や集団の中で成長した人に発生しやすい不適応な心理状態でもあります。 実は、さきほど語った大勢の人の前で話す状況を『脅威的な事態』と考えるのは何故だろうか?を突き詰めて考えていく事に、講演や演説、プレゼンテーションの場面での緊張を緩和するヒントが隠されています。 私たちの身体の健康や安定を維持する自律神経系の反応は、実にあなたの心理状態の変化に敏感であると同時に正直なものです。大量の発汗や心臓のドキドキの高まりが見られる場合、あなたの身体は原始的な防衛機制を働かせて、身体各部にアドレナリンやコルチゾールといったホルモンを分泌して臨戦態勢をとっていることを示しています。 しかし、これはよく考えると奇妙なことです。あなたは戦闘や喧嘩をしに演壇や教壇に立っているわけではないし、大勢の人の前に歩いていっているわけではありません。 つまり、身体は『今は、危険な状況で身構えなきゃいけないぞ』という間違った認知をもとにして、あなたに危険のシグナルを伝達しているわけです。本当は、身体的な危険はあなたに全く迫っていませんし、大勢の人の前で瞬発的な防御や行動をとるような事態はまず起きません。 何故、『あなたの話を聴く為に集まってくれている大勢の聴衆の前で話す事』を太古の戦闘場面と誤認するかのような反応を身体は示すのでしょうか? それはシンプルに考えると、大勢の聴衆が目の前にいることを、自分にとって脅威的な事態だと感じ、戦闘すべき敵だと心理的に錯誤しているからだということになります。 これも、少し突き詰めて考えてみるとかなり奇妙な認知の誤謬を含んでいます。 あなたの話を聞くために集まってくれている大勢の聴衆を、脅威・危険と認知するということは、無意識的にせよ『あなたへの悪意・害意・軽侮』を聴衆側の内面に想定していることになるからです。 その基本的認知は、『自己に対する自意識過剰と自信・自己肯定感の低さ』であると同時に『他者への不信・他者の加害性の想像』であると言えます。 自分の外見・服装・態度に対する外的な自己意識と自分の知識・価値観・判断に対する内的な自己意識が過剰になるとどうなるのか? 簡単に言えば、『羞恥心の強化』が起こり、恥をかかないための完全主義や馬鹿にされないための防衛的態度によってより一層の緊張と不安を再生産することになります。 しかし、ここで勘違いしてはならないのは、大勢の聴衆は基本的にあなたの敵として眼前に立っているのではなく、その目的があなたの揚げ足取りや揶揄、批判、反対にあるわけではないということです。 『もし、失敗したらどうしよう?』という心配や『もし、言い間違ったらどうしよう?』という恐怖は、その場面には全く不要なものであり、失敗しても何も危険なことが起こることはありません。 何度でもやり直しが出来ますし、言い間違えなどは演説や弁舌の得意な政治家や教授などでもしょっちゅうしている当たり前の間違えに過ぎません。 『話す内容を忘れたらどうしよう?』という緊張した場合の記憶力の問題についても以下の方法論の中で書きます。 ここまでで理論的な説明を終えて、大勢の人の前で緊張せずに話す為の具体的な方法をまとめてみます。
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社会不安障害(SAD)における『対人不安・回避行動・環境不適応』の症状:対人恐怖症の自己認知の障害
社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)は社会的な場面や対人的な行為に非常に強い『不安・緊張・恐怖』を感じて、その社会的な場面をできるだけ回避しようとする不安障害の一種です。通常の社会生活(仕事・通学)をするためには、他者の前で話したり書いたりする行為を回避し続けることはできませんから、社会不安障害の症状が強まってくると社会的・職業的な不利益が大きくなり日常生活に支障がでてきます。大勢の人の前でスピーチをしたり、権威ある人物の前や重要な会議で発言をするときには... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/11/20 03:35 |
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