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help リーダーに追加 RSS 大勢の人の前で緊張せずに話をする方法

<<   作成日時 : 2005/07/13 07:54   >>

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普段から、対人緊張、吃音(どもり)、対人恐怖を感じている人でなくても、大勢の人の前で講演したり演説したりすることには一定の緊張と苦手意識を感じるものです。
しかし、人前で流暢に話す技術、特に大勢の聴衆の前で緊張せずに話せる心を持つことの重要性と必要性を多くの人が感じています。

極端に対人緊張の強い人の場合には、自分の通いなれた職場の朝礼や終礼で簡単な一日の決意や感想を述べることさえうまくできず劣等感に悩んでいるという人やみんなの前で何か発言したり主張しなければならない日は前日から神経が興奮して寝付けないという人もいます。
中には毎日、部下の前で訓示や指導をしなければならないから出世する事が恐ろしいとか、出来るだけ人前で話をしなければならない職業や地位には就きたくないから今のままの日の当たらない部署が一番いいのだと自己否定的な思いにとらわれている人もいます。

大勢の人の前で、面白い話題を選んで自然に話が出来る能力というのは、ビジネス場面でも有利な性格特性として重宝され、集団の中でリーダーシップを取りやすい人物としての評価を受けることも稀ではありません。
しかし、日本人の文化結合症候群として社会性不安障害(対人恐怖症)が指摘されるように、日本人の多くは大勢の人の前で講演したり意見したり演技したりすることを基本的に回避する傾向があります。
但し、今回は精神病理としての対人恐怖は取り扱わずに、一般的な演説場面などで感じる緊張の心理を前提として語ります。
その前提を経て、多くの人の前で緊張せずに自分の話したいテーマについて話す方法について考えてみたいと思います。

人前で何かをしなければならないと聞くだけで強度の緊張や不安に陥る人が、実際にその場面になった時にはどのような身体の生理的変化が起きているでしょうか。
緊張症や赤面恐怖などを訴える人の生理的変化は極めて似通ったもので、『大量の冷や汗をかく・喉がカラカラに渇いて声が出にくくなる・頭が真っ白になって何を話すつもりだったのか思い出せない・心臓がドキドキと激しく鼓動して不安になる・呼吸困難に似た状態になる』といったものです。

これは、ハンス・セリエの汎適応症候群(GAS)の警告反応期の段階に似た生理学的状態で、大勢の人の前に立ち話したり実技をしたりしなければならないという精神的ストレスを『脅威的な事態』と認知した結果、起こってきた状態です。
脅威的な事態の認知を経た有害なストレスが自律神経系に働きかける事によって、迫り来る危険に備える為に、交感神経が優位となり活発に身体各部の運動を促進します。
勿論、迫り来る危険とは『戦闘して打ち倒すべき外敵』ではなく『大勢の前で話をすること』なのですから、自律神経系の急激な変化による自己防衛機制は実際上、何の役にも立たないばかりか、かえって話をすることの邪魔や障害になるばかりです。

病理水準に至らないごく一般的な対人緊張や対人不安は、誰でも多かれ少なかれ抱くものですが、それに振り回されずに、それを当然のストレス反応と考え、その身体反応の原因を客観的に理解して適切な認知と演説態度をとれる者は、対人緊張によって苦悩することが少なくなります。

対人恐怖とは端的に言えば、『外的自己意識あるいは内的自己意識の過敏や過剰』を根本にもっている恐怖反応であるが、文化的特性として村社会的な集団主義の風潮をもっている文化圏に多く見られ、突出した個性や自己主張をあまり好ましく思わない共同体や集団の中で成長した人に発生しやすい不適応な心理状態でもあります。

実は、さきほど語った大勢の人の前で話す状況を『脅威的な事態』と考えるのは何故だろうか?を突き詰めて考えていく事に、講演や演説、プレゼンテーションの場面での緊張を緩和するヒントが隠されています。
私たちの身体の健康や安定を維持する自律神経系の反応は、実にあなたの心理状態の変化に敏感であると同時に正直なものです。大量の発汗や心臓のドキドキの高まりが見られる場合、あなたの身体は原始的な防衛機制を働かせて、身体各部にアドレナリンやコルチゾールといったホルモンを分泌して臨戦態勢をとっていることを示しています。

しかし、これはよく考えると奇妙なことです。あなたは戦闘や喧嘩をしに演壇や教壇に立っているわけではないし、大勢の人の前に歩いていっているわけではありません。
つまり、身体は『今は、危険な状況で身構えなきゃいけないぞ』という間違った認知をもとにして、あなたに危険のシグナルを伝達しているわけです。本当は、身体的な危険はあなたに全く迫っていませんし、大勢の人の前で瞬発的な防御や行動をとるような事態はまず起きません。

何故、『あなたの話を聴く為に集まってくれている大勢の聴衆の前で話す事』を太古の戦闘場面と誤認するかのような反応を身体は示すのでしょうか?
それはシンプルに考えると、大勢の聴衆が目の前にいることを、自分にとって脅威的な事態だと感じ、戦闘すべき敵だと心理的に錯誤しているからだということになります。

これも、少し突き詰めて考えてみるとかなり奇妙な認知の誤謬を含んでいます。
あなたの話を聞くために集まってくれている大勢の聴衆を、脅威・危険と認知するということは、無意識的にせよ『あなたへの悪意・害意・軽侮』を聴衆側の内面に想定していることになるからです。
その基本的認知は、『自己に対する自意識過剰と自信・自己肯定感の低さ』であると同時に『他者への不信・他者の加害性の想像』であると言えます。

自分の外見・服装・態度に対する外的な自己意識と自分の知識・価値観・判断に対する内的な自己意識が過剰になるとどうなるのか?
簡単に言えば、『羞恥心の強化』が起こり、恥をかかないための完全主義や馬鹿にされないための防衛的態度によってより一層の緊張と不安を再生産することになります。

しかし、ここで勘違いしてはならないのは、大勢の聴衆は基本的にあなたの敵として眼前に立っているのではなく、その目的があなたの揚げ足取りや揶揄、批判、反対にあるわけではないということです。
『もし、失敗したらどうしよう?』という心配や『もし、言い間違ったらどうしよう?』という恐怖は、その場面には全く不要なものであり、失敗しても何も危険なことが起こることはありません。
何度でもやり直しが出来ますし、言い間違えなどは演説や弁舌の得意な政治家や教授などでもしょっちゅうしている当たり前の間違えに過ぎません。
『話す内容を忘れたらどうしよう?』という緊張した場合の記憶力の問題についても以下の方法論の中で書きます。

ここまでで理論的な説明を終えて、大勢の人の前で緊張せずに話す為の具体的な方法をまとめてみます。



大勢の前で話をする時の緊張や不安を和らげる認知的な方法

1.大勢の聴衆の敵意・悪意を前提としていることが不安・緊張の根底にあるが、実際の挨拶・講演・講義・説明を聴きに集まっている人はどちらかといえばあなたの話を聴きたがっている味方”であるという基本認識を忘れないようにしよう。

聴衆は味方であるという認識を持って臨む時、あなたの言い間違えや僅かな沈黙もあなた独自の個性として受け容れられているという安心感を抱くことが出来る。
聴衆は、あなたの間違いや矛盾を指摘するために存在するのではなく、あなたの話から何か面白い点や参考になる考えを聴きに来ているのである。
実際問題として、あなたに恥をかかせようなどという敵意を持っている聴衆というのは政治的な演説などでない限りまず存在しないだろう。


2.『無知・理解不足・言い間違え』などを理由に心配したり不安になったりするのは、専門的教師の立場で知識を教授する場合や知識の正確さと多寡を競い合う場面などを除いて不要の心配である。

例えば、専門分野の教授であってもその分野の全知識を漏らさず記憶しているわけではない以上、完全主義は何処までいっても終わりがなく強迫的な不安を強めるばかりである。
また、誰もあなたと知識の競い合いをしに講演などを聴きに来ているわけでもなく、あなたの人間性も含めた興味深い話の内容を聴きに来ているということを忘れないようにしよう。


3.話し言葉は、書き言葉ではないから、完全な内容よりも不完全さを感じさせる内容のほうが、人間臭いユーモアを感じさせて面白いといういい意味での『リラックスしたいい加減さ』を持とう。

完全な内容で演説や講演をするのならば、話は早い、事前に下調べを徹底的に行って完全に間違いのないと思われる原稿を時間に合わせて用意しそれを棒読みすればよい。
しかし、そういった類の講演や説明が無味乾燥で面白くないというのは誰もが知っていて、それ故、有能な官僚が製作した書類の読み上げは退屈であることが多い。
魅力的な講演や演説というのは、内容の完全さや知識の正確さにあるわけではなく、興味深い内容の話をその場限りのダイナミックな雰囲気で聴くことが出来る点にある。
その為、様々な失敗や言い間違え、度忘れの沈黙などは、それが講演自体を台無しにしたり、話の内容を破滅的に聞き取れなくしたりしない限りは、聴衆にとってもいい思い出になるし、あなたに対する好感や興味を増させる効果も期待できる。


4.聴衆は自分を肯定してくれる味方であるのだから、愛情や好意をもって気軽に語りかけるように話し掛けよう。

前述した『敵じゃなく味方と思おう』に類似しているが、声の調子や抑揚に魅力をつけるには、聴衆を大切な友人知人のように思って親愛の情を込めて語りかけるような感じで自然に話すと良い。
人間の心理機制として、好意や肯定、尊敬の感情に対しては同じような肯定的な感情を相手に返すという『好意の返報性』というものがある。
講演・演説・説明の第一段階の気候の挨拶や自己紹介の場面で、まずは優しく温かい雰囲気で言葉を発するようにしてみると、こちらの側から相手に対する敵意がなく好意があることを明示的に示すことが出来る。

完全主義で緊張や不安を感じやすい人の中には、相手を自分の話で圧倒しようとか自分の知識で感嘆させようとかいう『行き過ぎた自尊感情』が見られることがある。
それは、本来、小心で臆病な癖に、自負心ばかりが肥大して相手を屈服させたいという支配感情が緊張を煽り立てている心理状態である。
大勢の前で話すことに強い恐怖や不安を覚える人の何割かには、この支配感情を背景に持つ完全主義者がいるが、こういった無意識的な支配感情は、聴衆に対する敵意を内包している。敵意は敵意を返報する性質を持つ為に、相手を支配しようとか相手に敬服させようとかいう意識と結びついた完全主義を捨てる必要がある。

元々、臆病で気が弱いのに自尊心だけが強いという気質である場合には、まず、相手と対等な立場に自分が降りて、自分の側から親愛感や好意の感情を相手に示すことで緊張は格段に低下する。
『恥をかくんじゃないか、失敗すると大変なことになる』という対人恐怖症に接近するような対人緊張を見せる人は、相手の敵意や悪意を意識することがあるが、その根底には自分の側から支配欲求を相手に向けていることがある。
完全主義の支配欲を捨てれば、失敗はそれほど致命的な恥や挫折とはならないからである。


5.演説・講演・説明で話す内容を的確に絞り込んで、『物語形式の自由連想』が可能なようにしておこう。

自由にテーマを決めて人前で講演や話をする場合には、神経質な生真面目さを発揮して『あれもこれも全部まとめて話してやろう』と欲張るべきではない。
これは、自分自身が話の内容を忘れやすいという理由もあるが、それ以上に聴衆の記憶容量と印象に残る話題の選択性によってそれほど多くの内容を1回の講演で残さずに覚えている事はないからである。
つまり、労多くして益少なしの講演となる危険性が高い。

反対に、話したい内容のポイントを絞り込んで、1つの話題(テーマ)を3つか4つくらいの観点や視点から掘り下げて話すほうが、聴衆の印象や記憶に明瞭なものとして残りやすいし、話し手であるあなたに対する評価も高くなりやすいのである。
全ての内容を綺麗に原稿にまとめあげてそれを読む官僚方式の演説は、一般の人には余り好まれないと前述したが、一応、簡単な備忘録としてのメモ書き程度はもっていたほうが良いだろう。
その場合にも、一つの中心テーマを、3つ程度の視点や側面から語るという方式であれば、非常に簡単にまとめたコンパクトなメモで済む。
そのメモには、『中心テーマ・3つの視点・話の大まかな流れ・重要なキーワード・忘れそうな内容の概略』などを書いておくといいだろう。

例えば、『思春期の子どもの問題』について講演しようとする場合に、性の問題、親子関係の問題、薬物の問題、就職とニートの問題などを全てまとめて語ろうなどとは決して考えるべきではないし、それを一定時間内にまとまりよく分かりやすく講演することは、多くの人たちにとって実際問題として不可能である。
そういった場合には、『性の問題』なら性の問題だけを語り、『薬物汚染と思春期の子ども』なら薬物の問題だけを語るようにして、それぞれの問題に関する小項目を3つくらい(『性の問題』なら『性愛の意義・現代社会の子どもを取り巻く性情報・正しい性教育とその目的』などの小項目を立てる)立てて、それぞれを物語形式で頭の中で結び付けておくようにするとよい。
その上で、何度かリハーサルすれば、まず話す内容の全てを忘れて頭が真っ白ということにはならないように思う。

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