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help RSS 生殖本能・快楽意志・承認欲求が交差する人間のセクシュアリティ:少子高齢化の困難と社会規範の変遷

<<   作成日時 : 2005/06/02 00:27   >>

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個体(生物)は遺伝子の乗り物に過ぎないと考えるリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子(The Selfish Gene)』のような遺伝子決定論のメタファーに依拠すれば、恋愛や結婚を含む人間のあらゆる行為は、自己の遺伝子を存続させ継承するという遺伝的利益(自己保存・種の保存)に還元されることになります。

『人間の性愛は、動物の生殖と機構的・目的的に同一のものである』という命題を実証的に否定する事はできず、自然科学が解明する自然的事実としての恋愛は『遺伝子保存欲求に支えられた繁殖戦略』として認識されることになります。
しかし、『人間の恋愛は、動物の生殖と本質的・意味論的に同一のものである』という命題は、実際に観察される繁殖に貢献しない人間の性愛や精神的な価値や交流を重視する異性との交際の存在によって反証できると考えます。

少なくとも、『結果としての遺伝的利益を求めない過程を楽しむ異性関係』『経済的負担と遺伝的利益・時間的損失の比較衡量による遺伝的利益の放棄』は人間社会に存在するし、『生殖目的のセックスと生殖以外の目的(快楽・コミュニケーション・アイデンティファイ)のセックスが分離している性愛関係』は先進文明社会では何処にでも見られるありふれた恋愛(性愛)の形態であり、子孫を残す為に意図的に行うセックスはそれほど一般的なものではありません。

物質文明社会と市場経済システムが高度化して、子どもを養育する経済的コストとリスクが大きくなると、それに歩調を合わせるようにして、人間は無計画な妊娠・出産を回避するようになりますが、これは観察される事象の結果と人間の未来を予測する能力を合わせて考えると“より効率的な繁殖可能性を模索して、育てられない子どもの出産を抑制して、最小限の子どもを確実に養育する戦略”と解釈することが出来ます。

異性との性的関係のみに限定しなければ、個人の自己実現や趣味嗜好を志向する遺伝的な利益を生み出さない価値観、抽象的な信念体系の構築や観念的な美への耽溺という自己保存にも種の保存にも役立たない精神的な営為、虚無主義(ニヒリズム)や仏教思想など生殖行為による子孫存続そのものの価値を意図的に否定するような思想・宗教などによって、人間の行動全般を遺伝的利益の得失によって機械的に説明する理論は成り立たないという事になります。

特に、“婚姻出産による血族繁栄・多産による富国強兵・世間体による秩序維持”といった共同体倫理が衰退してきている現代社会においては、貞操・禁欲・羞恥といった性規範(性道徳)は相対化し、かつては異常性愛(性嗜好障害)とされていた生殖と無関係な種々の性行為が個人レベルのプライベートな領域に属するものとして社会的に認知され容認されてきています。
社会にある根本的な差別構造に目を向けた同性愛者のミシェル・フーコーが批判した近代社会の『標準的規範から逸脱した異質性を排除するシステム』は、確かに現代においても機能していますが、“セクシャリティ(sexuality:性の対象選択や性的嗜好・指向など性の全般的事象)”における差別や偏見は、先進国を中心に急速に減っており、性の多様性や複雑性を認める個人の比率が増えています。

かつて、キリスト教倫理の影響を色濃く受けた西欧精神医学界では、同性愛が精神疾患の異常性欲に属するものとして治療の対象にされた時代もありましたが、現代では同性愛はトランスセクシャルやトランスジェンダーという新しい用語と共に、多様性ある性指向や性活動の中の一つであり、本人が『異性愛への転向』や『生物学的性差と心理的性差を一致させる性同一性の獲得』を望まないのであれば無理に治療や矯正をする必要はないと考えられるようになりました。

また、動物界を見渡してみれば、同性愛はそれほど異常な人間特有の性行動というわけではなく、ボノボなどの高等哺乳類やその他の哺乳類、鳥類などにも見られる極ありふれたセクシャリティの一つだと認識されていて、性同一性の障害や性対象として同性を選択する行動には、胎児期のホルモン被曝の異常や脳の発生学的変異などの生物学的基盤が存在すると考えられます。
現代社会における同性愛の受容やジェンダーのあり方の問題については、また機会を改めて詳しく論考を進めていきたいと思います。

性の自由化と共同体倫理の希薄化には一定の相関関係があり、結婚と性行為が完全に分離された現代日本のような共同体では、恋愛段階での生殖と無関係なセックスが増えて、ある年齢で結婚していなければ恥ずかしいというような村落共同体的な倫理は後退していき、両親・親族・兄弟姉妹・友人知人からの結婚や出産に対する圧力が相対的に低下する傾向があります(あくまで都市部を中心とした相対的な低下ですので、個人の保守的な価値観や地域による慣習的な結婚観などによって結婚していない事に対する圧力が依然として強い場合もありますが)。

共同体倫理の根拠の大部分は、共同体の維持存続や血縁一族の発展繁栄へと還元することが出来ますが、核家族化が進み自由主義的価値観が普及して、個人の利益を集団の利益よりも優先する個人主義の考え方が浸透してきている社会では、個人の希望や意志を無視して共同体や血縁一族の為に結婚するという状況はまず考えられません。

更に、適齢期(生物学的な繁殖可能性の高い年齢あるいは文化的に慣習化された結婚するのが当然とされる年齢)における結婚出産に関する周辺圧力は低下して、『出産を目的とするセックスがそうでないセックスよりも本来的なものだ・結婚を前提としないセックスは不純な異性交遊だ・一定の年齢になれば結婚しなければおかしい』といった“種(血縁)の存続と共同体の繁栄と純潔思想を前提とする性にまつわる倫理観”は旧態依然としたものとしてその説得力と影響力を弱めていくこととなります。

社会現象に見られるアノミー化(無規範化・中心的価値観の希薄化)の進展と個人の自由裁量で決定できる生活範囲の拡大に合わせて、社会全体に共通する標準的なセックスの形態や目的というものがなくなり、セクシャリティの価値観と嗜好が多様化していきます。
その結果として、流動性と遷移性の高いアノミー化した社会では、『家計を支える安定した収入を得られる職業を選択して、結婚を前提とした異性と恋愛・見合いをし、次世代の子孫を再生産する目的を持って結婚する』というかつて誰もが何の疑問も持たずに歩んだ典型的なライフスタイルの実践や強制が難しくなっていき、『人類が長い進化の過程を経て獲得した繁殖戦略としての結婚制度の位置づけの揺らぎ』が生まれてきます。

現在の日本が抱えている『少子高齢化による国家財政の逼迫と困窮の社会問題』の根本にも、共同体の維持・繁栄という集団の利益と対立する自由主義・個人主義の拡大浸透の問題がありますが、人間は種を存続するという本能的欲求に駆動される生物学的目的のみを盲目的に遂行する(ドーキンスがメタファーで語る)複製機械ではない為に、少子高齢化問題を簡単に解決することが困難なのです。
少子高齢化問題について本格的にコミットして考察する為には、こういった心理的分析だけではなく、結婚・出産・育児・子の独立に関する経済的な議論や既存の社会制度や結婚・離婚統計等の検証も必要ですが、また、時間が許すときに少子高齢化や社会保障問題についてもう少し踏み込んで考えてみたいと思います。

大脳新皮質を驚異的に発達させて自我意識と知的能力を拡張し続けるという形で進化を遂げた人間は、文明化された社会環境の中にあって、大脳辺縁系が中枢となって遂行する機械的な遺伝子の再生産のみに明け暮れることが出来ません。
人間は、社会的な生活環境と人間関係に生きる存在として、絶えず『遺伝的利益・経済的余裕・時間的消費・精神的充足』の狭間にあって苦悩し葛藤します。
私たちは、自然的本能に自分の行動や思考を支配され尽くしていないからこそ、人生の重要な場面で選択を躊躇し、一度限りの人生の節目で最善の選択をしようとして煩悶します。

自分の意志と決断で未来を選択していく事で、ある可能性を現実化しある可能性を諦める事こそ人間が日々歩んでいる人生の枢要な本性ではないかと思いますが、そういった選択の自由性へと私たちの精神が開かれている事に喜びと悲しみが宿るのでしょう。
人生に証明可能な客観的な目的もなければ、誰もに通用する普遍的な意義もないという冷然たる現実を前にしてもなお私たちは生きなければならないし、自分固有の意味ある営みや関係を探究し実践していかなければならない。
生物界を統御する遺伝子複製の専制的な束縛からほんの僅か脱け出した仮初の自由意志を有する人間だからこそ、動物以上の歓喜と充実がある一方で、動物以上の不安や落胆があるわけですが、今後の社会問題の解決にあたっては、社会常識や当為規範の強制的な押し付けが機能することが少なくなり、その結果、“個人と社会の複雑な相互的作用や私と他者の相補的関係”を考慮した自己と他者の共存繁栄に連結する判断を個々人が取れるか否かがポイントとなってくるのではないかと考えています。

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