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“人間の社会的性差(gender)”に基づく精神機能や性格傾向の差異について語る場合には、喧々囂々の議論は沸き起こり難いが、“生物学的性差(sex)”に基づく精神機能や性格傾向の差異について語る場合にはラディカル・フェミニストやジェンダーフリー論者から強い反発や抵抗を受ける恐れがある。 私は、一般に『男らしさ・女らしさ』と呼ばれる心理的行動的な性差は、完全に後天的要因である社会や文化によって強圧的に押し付けられるものではないと思うが、同時に先天的要因である遺伝や内分泌(性ホルモン)のみによって自動的に決定されるものでもないと考えている。 行き過ぎたラディカルな性別や・性差の全てを否定しようとするジェンダーレス運動に賛同する事には抵抗があるが、本人が生物学的性差(セックス)や社会的性差(ジェンダー)に縛られずに自由に生きたいという意味でのジェンダーフリーであるならば、当然その思想信条の自由は認められなければならないだろう。 しかし、急進的なラディカル・フェミニストやジェンダーレス論者達に思想信条の自由があるように、伝統的な男らしさや女らしさを大切にする保守的な男女観を持つ人たちの内面の自由がある。 社会制度や職業生活、夫婦生活において、機会や昇進、抑圧的支配などの男女差別を行うことは当然許されない事だが、私生活や男女関係においてジェンダーという性差から生まれる魅力を大切にする人たちの価値観を否定することも許されないだろう。 ジェンダーフリーなどに類する社会的性差問題のアポリア(難問)は、ジェンダーに魅力を感じて守りたいという人とジェンダーが強制的圧力であるとして否定したい人が、同じ国家や共同体で生活し働かなければならないという現実的情況にある。 結論として言える事は、ジェンダーを徹底的に否定して社会的・心理的な性差を完全に消滅させた社会を実現する事は事実上不可能であり、また、社会構成員の大部分は性差の無いジェンダーレス社会を希望してはいないという事であろう。 かといって、社会的・心理的な性差であるジェンダーに自分の行動を束縛されたり、あるべき男性像・女性像を自分に期待されることが苦痛で耐えられないという人の心情や価値観を完全に無視することも妥当ではない。 社会的生活環境においては、ジェンダーによる差別を段階的に無くしていく事が望ましいが、個人的生活環境においては、男女関係の心理的連帯や性的陶酔を維持する為に一定以上のジェンダーは必要となってくるのだろう。 『ジェンダーという動物的・封建的な性差別につながるものは不必要だ』というラディカルなジェンダーレス主義者やフェミニストと実際に対話したことはないが、特定の思想信条を持つ人が、『ジェンダーは男女を不幸にするもので、社会悪だ』と理念と理想を持って主張することの自由は守られるべきだが、その徹底的な性差否定を前提とする男女平等の理想を誰もが受け容れなければならないわけでもない。 ジェンダーは、確かに、歴史的文化的に形成された固定観念の要因を持つが、同時に、生物学的な適応や個人の異性との関係を通した心理的充足を実現してきたという側面も持っているので、一概に社会悪であると断定的に述べる事には抵抗がある。 つまり、社会的・文化的・伝統的に形成されてきた『男性らしさ・女性らしさ』と『自分らしさ・アイデン ティティ』が絶対的に対立するものではなく、男性らしく生きる事や女性らしく振る舞う事に違和感や不快感を感じる人もいれば、反対に、自然な自分らしい幸せな生き方を感じる人もいるという事である。 しかし、あらゆる価値観や男女観を持つ人々を納得させうるジェンダー問題の完全な解決というのはおそらくないのではないだろうか。 ステレオタイプな対立軸で言えば、愛する異性の家事や子どもの世話をするだけで幸福だというような家庭生活を重視する専業主婦志向の女性と優れたキャリアを経て、社会で高度な知識技能を要する職業に就いてバリバリと仕事をこなすことや能力に応じた社会的な地位や評価を得ることに大きな生き甲斐を見出す社会活動を重視するキャリア志向の女性の価値観は、双方が何処かで妥協して歩み寄らなければ何処まで行っても交わることがないし、論理的にどちらの生き方がより正しい生き方であるのかという価値判断を行う事も出来ない。 公的年金や健康保険などの社会保障制度や課税制度とジェンダーを巡る問題の場合には、実際的な経済的利害の対立も絡んでくるので、問題は更に複雑で解決が困難なものとなる。 ジェンダーにまつわる論争は、伝統的共同体(ゲマインシャフト)と機能的共同体(ゲゼルシャフト)の対立であり、先天的な母性の肯定と後天的な母性の押し付けの葛藤であり、“父親・母親・子どもという伝統的家族像”とジェンダーの役割行動意識が結びついてきた事に対する価値観や信条の相違でもある。 それぞれが自分が希望するジェンダーだけを受け容れれば良いというのが模範的な解答となるのだろうが、学校・家庭・企業・社会・男女関係というものを個別の独立した領域として隔離することが出来ない以上、必然的に社会的価値観としてどういったジェンダーを標準的なものと認識するのかという争点が生まれてくる事になるのだろう。 いずれにしても、社会の法規範と社会制度の成立に際しては、民主的な意思決定による議決と判断を行わなければならないので、望ましいジェンダーに基づく社会を構築する為には、私たち国民一人一人がジェンダー問題への意識を高めて、立候補者のジェンダー観も他の政策理念と合わせて参考にしていく必要があるだろう。 ただ、私が人間社会の歴史過程や人間心理の価値志向性などを学んできて、ジェンダーについて思うところがあるとすれば、人間は他者との相互作用を生じる社会環境で生きる存在である限り、社会的文化的要因から生まれるジェンダーは決して消滅しないし、ジェンダーは固定的な真理としてある男女観や性差に留まることは無いという事だ。 ジェンダーは、時代の風潮や社会の価値観によって相対的に変容する可変性の高いものであり、今こうしている瞬間にも、時々刻々、自然な時の推移と人々の意志の変化によってジェンダーは微細に変化し続けているのである。 近いうちに、生物学的性差によって多くを規定される脳構造と性格傾向や知的能力などについて記述しようと思うが、科学的知見や人類学的進化過程への興味に基づいての記述に過ぎず、『脳の構造やホルモンによって発現する心身の男性的特徴や女性的特徴を無条件に受け容れよ』という価値命題を主張するものではないことを誤解を避ける為に述べておきたい。 また、生物学的性差による知的能力や行動特性は統計学的な一般傾向に過ぎないし、その統計学的な男女の脳機能の差異は、どちらが優れているとも劣っているとも客観的に判断することが出来ない種類の差異である。 男女それぞれが、長く熾烈な進化の歴史過程を生き残る為に獲得した、男女が相補的に助け合う為の脳機能の特徴に過ぎないのである。 かつて、進化論の始祖チャールズ・ダーウィンが自然淘汰(自然選択)と生存競争に基づいて“男性の知的優位性と女性の知的劣位性の言明”を筆を滑らせて記述したが、この主張は端的に間違っていることになる。 何故なら、男性的な知的機能と女性的な知的機能の統計学的な傾向としての差異があるとしても、それらはそれぞれ異なる目的を達成する為に必要に迫られて発達してきた知的機能であり、言語機能と空間把握力の優劣や身体能力と感情スキルの高低を競い合う事に実質的な意味はないからである。 最後に付言しておくならば、男女の性差による能力差よりも、同性内での個人的な能力差のほうが大きいという事も忘れてはならない。 つまり、男性的な脳の機能特性や女性的な脳の機能特性が傾向的なものとして観察できるとしても、性別によって個人の能力の限界が指し示されるわけでもなければ、社会的な役割・行動が規定されてしまうわけでもないということである。 何より、自然科学によって導かれる自然的事実や論理学によって導かれる論理的真偽は、人間社会の善悪である倫理規範やジェンダーと同一のものではない。 人間は、自然の摂理に盲目的に無条件に従属する存在でない以上、どのような社会を理想的なものとして目指していくか、自分はどのような人生を生きていきたいのかという価値判断の問題は、人間の理性と感性で試行錯誤し、真剣に熟慮考察し、他者と議論を尽くして考えていかなければならない問題なのである。 自然の摂理と人間の営為は一致しなければならないという考え方を『自然主義の誤謬』といい、自然界は徹底した弱肉強食であるのだから、人間社会も強者が弱者を支配して搾取する社会にすることが自然の理に適っていて正しいなどと考えるのは典型的な自然主義の誤謬であり、社会ダーウィニズムと呼ばれる変奏された優生思想である。 まず、何故、男女の生物学的性差と性格傾向や知的能力の特性などについて言及する事に批判的な見解が寄せられる事があるのかを考える為には、ジェンダーとセックスの差異についてまず知らなければならないだろう。
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